鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

スペイン滞在記 <9>

スペイン滞在記(2011年4月4日〜5月18日) <9>
2011年4月9 日「オルセー美術館
 

オルセー美術館はセーヌ河沿いにある。オランジュリー美術館からオルセー美術館に行くにはセーヌ河の橋を渡る。階段状になっている橋である。中央辺りから河を眺めると、次々に観光遊覧船が通っていく。船から手を振っているので、こちらでも手を振って応える。これは人間の素朴なしぐさかもしれない。セーヌ河は人々の憩いの場であるのだろう。川辺には人々が河を見つめつつ憩いの時を持っているのである。
 

セーヌ河の向こうはオルセー美術館。大きな遊覧船が通って行く。



オルセー美術館も大勢の人が並んでいた。しかし、スミさんの車椅子を見た係員が、並ばなくてもすぐに入れてくれた。ありがたい。スミさんの車椅子に感謝である。ここでも荷物チェックを受ける。オルセーはルーブルほど大きくはないが、オランジュリーに比べたらかなり大きい美術館である。ここは元駅舎であったという。それにしても大きな駅舎ということになる。中央の通路にはレールがひかれていたのであろう。その両端が二階建てであり、展示室になっている。中央の通路にも名作が多く展示されている。ここにもエレベーターがあるが、使用中止がいくつかあり、そのため行ったり来たりすることになる。通路は平坦であるが、展示室は次の展示室に行くには階段があり、車椅子は一旦通路に出ては隣の展示室に行くのである。
 ここには彫刻、絵画、装飾美術等、かなり展示されている。コローの「ニンフの踊り」、ミレーの「晩鐘」、「落穂ひろい」は見慣れた作品であり、たたずむ時間が長かった。これらは教会のカレンダーの絵に使われており、一年間見続けた絵でもある。また、大塚平安教会30年間のうち、教会カレンダーとして、繰り返しミレーの絵が使われていたので、心にしみこんでいるのである。それらの本物に出会ったのであるから、まさに感動を覚える。使い終わったカレンダーはそれぞれ保存してあるので、絵を活用するとしましょう。マネの「笛を吹く少年」、「浜辺にて」、「スミレの花束を持ったベルト・モリゾ」等も見覚えのある絵画である。ドガの「バレエの授業」も然り。ルノアールの「ピアノを弾く娘たち」はここにも展示されている。オランジュリー美術館と同じ構図であるが、微妙に違っているし、色合いも異なる。オルセー美術館のものは全体が黄色っぽいが、オランジュリー美術館のものは全体が青っぽいのである。日本には「ルノアール」との名称の喫茶店が各地にある。時々入ることがあるが、いくつかルノアールの絵画が飾られているので、見覚えがあるのである。ゴッホの「自画像」、「オーヴェール・シュル・オワーズの教会、後陣」等も見覚えのある絵画である。その他、家具類等も見事な調度品として展示されている。
 オルセー美術館は所々工事中があり、展示されていない絵画もあるようだ。修学旅行で来ているのか、子供たちが絵画の前に座っており、先生が説明している光景が目に付く。また、子供達が絵画の模写をしており、絵画の前に座りこんでいる姿をあちこちに見るのである。ルーブル美術館でも模写をしている人が結構いた。絵描きさん達のようで、本物とそっくりに描いている。贋作になるのであるが、模写としてもかなりのできばえである。ルーブル美術館では作品をカメラで写してもよく、デジカメを向けている人が多い。オランジュリー美術館でも写真撮影は可能であった。しかし、オルセーは禁止となっていた。残念ながら記念写真なし。
 

チュルリー公園の緑と彫刻



若い頃は美術鑑賞をしたものである。だから今回の美術館めぐりで、かつて見た絵がかなりあるのである。しかし、牧師になってからはあまり鑑賞する機会もなく、今回まとめてみたことは、今後の語り草になるだろう。羊子によって良い経験を与えられたと思う。心から感謝している。何と言ってもフランスの三大美術館を見たのだから。
 オルセー美術館を後にしたのは午後4時過ぎである。そのままホテルに行き、預けておいた荷物を受け取り、タクシーで飛行場に向かう。7時55分のフライトでバルセロナに向かう。飛行場からはタクシーに乗り、10時30分頃帰宅した。RMさんが食事の用意をしてくれており、パリ訪問を思い出しつつ語らい、食事とした。あっという間の三日間であった。歩くこと3万歩であろうか。万歩計を持ち歩かなかったことが悔やまれる。