鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

スペイン滞在記 <10>

スペイン滞在記(2011年4月4日〜5月18日) <10>
2011年4月9 日「パリ滞在記」




 パリ滞在記を記すほどパリにはいない。たった三日間である。それでもいろいろと示された。印象としてパリの街は汚いと言うこと。みんな歩きタバコであり、ぽい捨てである。禁煙と言えば室内であり、外は自由に喫煙している。そして道端に捨てるのであるから、道は吸殻だらけである。ごみ箱はいたるところに設置されている。日本はゴミ箱がなく、捨てることができるのはコンビニくらいであるが、至るところにゴミ箱が設置されている。ゴミの収集車も絶えず回収に来ているようである。
 交通ルールを守らない歩行者が多い。赤信号でも車が来なければ、どんどん渡っていく。横断歩道は線がひかれているが、自動車の停止線がなく、横断歩道の直前で止まるので、青信号で渡っていても、すぐ近くまで車が進行してくるので怖いと思う。車道路は結構広いが、その割には歩道が狭い感じである。対面者とすれ違うのに苦労する道も結構あるということである。観光に訪れている人が多いからであろう。それにまた食べ物店の外はテーブルが出ているので、それも道幅を狭くしているようである。



バリの重厚な石造りの建物


さすがに歴史のある街で重厚な建物が整然と並んでいる。どの建物も重厚な、石造りであり、マンションだか事務所なのか分からない。歴史の街を歩いているのだなあ、とつくづく思うのである。
 7日に来て、その日は名所見物をしたが、どこも観光で訪れている人が多かった。人疲れがする思いである。夜は羊子と星子と三人で食事に出かける。スミさんは疲れがあり、ホテルで休んでいた。そのホテルでは日本のNHKテレビが見られるので、久しぶりに日本の様子を見たいのである。ホテルから比較的近いところに食事どころがある。一度は経験したいと思っていたことは、店先の外のテーブルで食べることである。しかし、どこの店先のテーブルも満席であった。そんな中で比較的こじんまりとしている店先の席が空いていたので席を取った。ワインを飲みながら、お料理をいただいた。その店のマスターがバリトンで歌っている。店内で歌っていたが、外にまでよく聞こえていた。支払いをするとき、羊子がピアニストであると告げると、店内でぜひ弾いてもらいたいという。小さい電子ピアノが置いてあった。羊子が一曲スペインものを弾くと、店内のお客さんも喜んで拍手してくれた。その後、羊子のピアノに合わせてマスターが歌っていた。マスターは喜んで三人にワインをご馳走してくれた。その翌日も三人で出かけた。スミさんはルーブル美術館見学で疲れてしまい、行かないことにした。この日もどこの店も混んでいたが、前日の隣の店に席を取った。メニューを見るが、何を注文してよいかわからない。羊子が隣のテーブルで食べている人たちの料理がおいしそうなので、その食べ物はどのメニューなのかと聞き、同じものを注文した。その人たちはアメリカ人のようであった。羊子はスペイン語は堪能であるが英語も多少は話せるので、店の人との交渉など、問題なくできるのである。我々が食べていると、ヴァイオリンを弾く人が、我々のすぐ近くで弾き始めた。聞くに耐えられない音であった。そのうち、その人が話しかけてきた。昨日の隣のマスターで、この店とは知り合いであるとも言っている。おかしなメガネをかけていたので分からなかったが、お互いに大笑いしたのであった。食事をしていると、次々に花を売りに来る。パリの夜の食事の楽しい思い出になった。すし屋とかラーメン屋さんにも入ってみたかったが、時間もなく、外から店構えを見るだけにした。
 


エスカルゴを恐る恐る食べる



ホテルの私の部屋はシャワーであり、スミさんと羊子の部屋、星子の部屋はバスルームになっている。二日目にそこでお風呂にして入った。久しぶりにお湯につかったので、疲れが癒される思いであった。
 三日間のパリは、人の多さで驚き、重厚な石造りの建物に歴史の重みを知り、街並みの美しさと汚さを知ったということである。しかし、セーヌ河の美しさが、やはりパリのすべてを物語っているのであろうと示されたのであった。



美しいセーヌ河は気持ちを休めてくれる