鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

義務を果たしつつ(自治会活動)

土曜日の夕刻、一人の教会員が印刷機を借りにこられました。地域の運動会の印刷物ということでした。この人は今年度地域の役員をしており、何かと活動しなければなりません。そのため、日曜日の礼拝には出席できない日があります。このような例は他の教会の人も経験しなければなりません。今年度は自治会の役員をしなければなりませんと言われ、実際日曜日の礼拝には出席できないのでした。今の時代、地域活動が結構盛んです。自治会の役員会に出席しなければならず、イベントも結構あります。夏は納涼盆踊り大会、秋は運動会、冬は餅つき大会等と、日曜日を利用しての開催なのです。困ったものだと思いますが、地域に住んでいるわけですから、止むを得ないでありましょう。
私たちも地域の住民ですから、その役目をしなければなりません。数年に一度、班長の役目が回ってきます。ほとんどは連れ合いがその役目をしてくれます。自治会費の集金、赤い羽根募金の集金、回覧板を回したり、美化デーには率先して参加したりします。夏の納涼盆踊り大会には男性が集まるようにとの指令があり、週日でもあるので、私が手伝いに行ったことがありました。夜の開催ですから、電灯をつけなければなりません。櫓は既に作られていますが、要するに環境作りの仕事をするのでした。作業が終わると、寄付金の掲示です。かなり高い板に、寄付をいただいた人の名前と金額を書いた紙を張りだしていくのです。私もその仕事をしました。一万円の張り紙をあいているところに張りましたら、下から声がかかり、その一万円はもう三段上のところに掲げるように指示されました。金額が高いほど上に張るわけです。三千円くらいは一番低い部分に張るのでした。この世の考え方に従いつつ、それに対する意見も言わず、言われるままに手伝ったのでした。手伝いだけして、もちろん夜の納涼盆踊り大会には参加しませんでした。
自治会で神輿を持ちたいので、賛同するようにとの文書が回ってきました。神輿は神道の世界であり、自治会が持つのは政教分離に違反するわけです。このときは、はっきりと違反であることを指摘した文書を提出したのでした。他にも同じ意見を言う人がいたようで、神輿の話はなくなりました。自治会では宗教的な行事を結構取り入れているようです。自治会の役員になって、神輿を担いだり、神輿の世話役をしたりするのは、考えなければならないのです。自治会は神社と結びついているので注意しなければならないということです。私たちの子ども達がまだ小学生の頃です。自治会の人がやってきて、注文のお祭りの半纏ができたからと届けに来たのです。注文した覚えはないし、我が家はキリスト教なので、神輿を担ぐことはありませんから、何かの間違いでしょうと断りました。その日の夜、注文したのは次女であったことが分かりました。彼女は一度着てみたかったと言いつつ、でも着なくてもいいんだよというのでした。大人の考えで子どもの希望を反故にしてしまったことは、私自身反省もしたのでした。今なら自治会の人がお祭りの半纏をもって来たら受け取っていたかもしれません。半纏を着たからといって、子どもが変わることはないのですから。私の小さい頃、教会学校に毎週日曜日に通いながらも、お祭りの日には神輿を担いだり、屋台を引いたりしたのでした。次女の希望をかなえてあげなかったことが、今でも心が残っているのです。
こうして自治会の活動があるのですが、活動の割には備品を持たないようです。コピーくらいはあるのでしょうか。しかし、大量に印刷する場合はコピーでは限界があります。それで、自治会が幼稚園の印刷機を借りに来たことがありました。数人の役員が来て印刷していましたが、結構会社等で扱っている人がいて、上手に印刷するのでした。また、幼稚園の綿菓子器を借りに来られます。このような協力は地域の活動のために喜んでしております。幼稚園の庭を盆踊り大会に貸して欲しいとの申し入れがありましたが、これは断ったわけです。とにかく、地域に生きるものとして、それなりの協力をしつつ、自分の生活を確立したいのです。
聖書の言葉
「すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい。」(ローマの信徒への手紙13章7節)