鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

神の国に生きる…(テレフォンメッセージ 10 )

テレフォンメッセージより。
 
「この道を歩む」
最初に童話をお話し致します。ある時、犬がどこかでおいしい肉の塊を見つけ、口にくわえて自分の住処に向かいます。久しくおいしい肉を食べていないし、尻尾を振りながら歩いていました。川があり、橋を渡ります。ふと下を覗きました。するとどうでしょう。下にも犬がいるではありませんか。しかも、下の犬も肉をくわえているのです。自分がくわえている肉よりも大きな肉をくわえているように見えました。面白くありません。よし、ここは一つ脅かしてあいつの肉を奪ってやろう、と思い、ワンと大きく吠えるのでした。思い出してください。この犬は口に肉をくわえているのです。そこで吠えると言うことは口を開けることです。くわえていた肉は口から落ち、川の中に落ちてしまったのです。もう言うまでも無いことですが、下にいた犬は川の水に写った自分の姿なのでした。自分より大きな肉の塊をくわえて見えるのは、他のものが良く見えてしまうということです。犬に例えていますが、これは人間の姿でもあるのです。他人のものは良く見えて、今の自分のものは見劣りを感じるのです。本当は自分だって良いものを持っているのです。
3月は終わりの月であり、4月から新しい生活となりましょう。新しい道は自分に与えられた良き道ですから、力強く歩みましょう。今週の聖書は、「鋤に手をかけてから後ろを顧みるものは、神の国にふさわしくない」と教えられています。鋤というのは土を耕す道具です。今、この土を耕そうとしているのに、振り返り、もっと良いところは無いか、と思うのです。それは良くないと言います。私達の道は、イエス・キリストが示した人を愛して生きることです。愛さなくても、一人の存在を受け止めて生きることが私達の道なのです。もはやその道を生きているのに、もっと良い道が無いかと思ったり、昔のほうが良かったと思うのです。もはや歩み始めたこの道です。人を見つめ、人の存在を受け止め、見なければならない人の姿、聞かなければならない人の声、行かなければならない場所、イエス様がそういう人生に導いておられるのです。勇気を持ってこの道を歩みましょう。

聖書の言葉
「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない。」
ルカによる福音書9章62節)