鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

食事をしなさい、とイエス様が…(婦人会・家庭集会合同クリスマス)

婦人会と家庭集会との合同クリスマスの集いが開かれました。家庭集会はそれぞれの地区で開催していますが、12月は教会でクリスマスのお祝いをします。今回もコールシャロンの皆さんが参加して、美しいコーラスを聴かせてくれました。礼拝がささげられ、コールシャロンのコーラスがあり、おいしい食事、楽しい交わり等で過ごしました。今年のメッセージは「飼い葉桶の恵み」と題してお話しました。婦人会の皆さんの教会における力というものをよりよく示されているからです。
27年前の8月末に大塚平安教会に赴任しました。その時、家族五人、宮城から車で来ましたが、陸前古川教会の青年・横山良美兄が運転してくれました。陸前古川教会の私の前任・後藤金次郎先生が隠退して伊勢原市におられたので、お会いするためでもありましたが、それは名目で、私達家族を気遣ってくれてのことでした。教会に着いたとき、婦人会の皆さんが出迎えてくれましたが、彼が先に入ったものですから、彼が新しい牧師だと思って拍手で迎えてくれました。本命は後ろとばかり、彼はわたしを指し示しました。ちょうどお昼時であり、食事が用意されていました。ほとんど婦人会の皆さんでしたが、一人だけ大矢幸男兄がおられました。ウィークデイでもあり、壮年の皆さんはお仕事で来られないのです。まだ夏休み中でもあり、中高生の皆さんも数人いたように思います。教会としての歓迎会ではありませんが、いち早く婦人会が歓迎会を開いてくれたのです。懇談しながらの食事が終わると、横山良美兄は伊勢原へと向かいました。そして、婦人会の皆さんは私達家族の荷物整理をしてくれたのでした。そのときの歓迎の食事は忘れられないことになりましたが、今日まで大塚平安教会における食事の喜びは変わることなく続けられているのです。
毎年迎えるイースター、クリスマスの食事はほとんどかポトラックです。皆さんで食事を持ち寄ってテーブルに並べ、バイキングよろしく、おいしい食べ物をいただくのでした。婦人会は6月に特別伝道集会を開いていますが、そこでもおいしい食事をいただきます。そしてクリスマスもですから、本当に一年を通しての楽しい食事の集いが開かれているのです。
聖書を読む限り、神様が人々にいつも食事を与えていることを示されます。まず、旧約聖書では、聖書の人々が奴隷から解放されて、エジプトを脱出したときです。神様の示す土地へと向かいますが、食べるものが底をつきます。すると人々は指導者のモーセに詰め寄り、「我々をこの砂漠で死なしめるために連れ出したのか。ここで死ぬくらいなら、奴隷でもよいからエジプトで肉の鍋を食べたい」等と言うのでした。モーセは神様に人々の不信仰をお詫びするのですが、神様はマナという食べ物を与えるのです。朝になると地面の上に雪のように積もっています。人々はそれを食べて生きるようになるのです。
新約聖書ではイエス・キリストが人々をパンにより養うことが示されています。イエス様がお話しすると多くの人々が集まります。もはや食事時になります。お弟子さん達は解散してめいめいの食事を提案しますが、イエス様は「あなたがたの手で食事を与えなさい」と言うのです。そんなことは出来ません。しかし、イエス様はそこにあったわずかのパンを祝福し、お弟子さん達により人々に配るのです。そこに五千人とも四千人ともいわれる人々がいましたが、みな満腹したと示されているのです。このようにパンをもって養うイエス様は、十字架に付けられる前の夕食をお弟子さん達としました。その時、パンを与えながら、今後は私の体と思って食べなさいと言われました。それが今日、聖餐式となっており、パンとぶどう酒をいただいてはイエス様の救いを示されるのです。
エス様が馬小屋で生まれ、動物の食器である飼い葉桶に寝かされたということ、それはイエス様が私たちの命の糧であることを示しているのです。生活の糧、命の糧を下さるイエス様なのです。まさに、飼い葉桶は恵みであるのです。
聖書の言葉
「イエスは、『さあ、朝の食事をしなさい』と言われた。」(ヨハネによる福音書21章12節)