鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

世にも不思議なお祈り ( 絶えず祈りなさいと )

 
 今日は世にも不思議なお祈りについて記しておきましょう。
午後4時頃、散歩に出かけました。目標は約1時間歩くことです。六浦中学校、六浦信号、大道小学校方面、新しくできたクリエイト、六浦駅、そして自宅のコースは丁度1時間です。関東学院、夕照橋、金沢八景駅、自宅のコースも1時間なので、日によってそれぞれのコースを歩いています。今日は六浦一周コースです。ひとまわりして六浦駅を通り、歩いていると、家の売り出しの看板を見ました。通り過ぎたのですが、はっと思いまして、後戻りして売り出されている物件の前で佇んだのであります。いつも電車で六浦駅を乗り降りする時、この道を通りながら、この道沿いに教会が建てられたらよいのに、と思っていたのです。しかし、そんな希望は夢であると思っていました。「はっ」と思ったのはそのことです。まさか、この道沿いに物件が売り出されるとは思いも及びませんでした。売り出されている物件はクリーニング屋さんです。お店があり、その奥は住宅です。ここなら、駅にも近いし、電車は徐行していますから、教会の存在を知ることができるのです。思いが高まってきました。ここを教会にしたら、とても良い場所だと思いました。思わず頭を垂れてお祈りしました。「神さま、御心ならばお導きください」と、もはや暗くなっている道端で、一人の老人がお祈りしている側を数人の人が通りすぎていきました。怪訝な思いを持ったのかもしれません。具合が悪くなったのではないかと思ったかもしれません。この年になって、そのように人目につくような行動は気にならなくなりました。物件の内容について調べることに致しましょう。
 神学生の頃、先輩に「祈りの人」がいました。いつもお祈りしていました。寮生活でしたので、食事の時はその先輩と一緒になることがありました。その先輩が食事を前にしていつまでも頭を垂れてお祈りしているのです。あまりにも長くお祈りしているので、食堂のおばさんが「味噌汁が冷めないうちに食べてちょうだい」と促すありさまでした。困るのは、その先輩と外で出会うことです。駅のホームで出会い、人が大勢行き来している中で、お祈りしましょうと言い、出会ったその人のためにお祈りするのです。道端でも出会ったら最後、祈られてしまうのです。大きな荷物を抱えて歩いていたら出会ってしまい、お祈りされました。荷物の重さがあるので、苦しい思いをしながらお祈りが終わるのをひたすら待っていました。これらは友人たちの証言です。私自身も道端でこの先輩に会い、祈られたことがあります。しかし、それは決して嫌な思い出ではなく、励まされる思い出になっているのです。私も道端にたたずんでお祈りしていること、あの先輩のようになったのかなあ、と思い自宅に向かったのでした。
 夜7時頃、スペインのバルセロナにいる羊子から電話がありました。しばらく母親と話していましたが、電話が私にまわされました。これから、スペインは朝なのですが、大事なコンサートがあるのでお祈りして、と言うのです。時々、そういうお祈りをするのですが、電話越しにお祈りするのです。やはり本人も自分の力というより、神様の導きを信じ、神様に委ねる信仰を持っています。時には電話越しの祈りをささげています。チャリティーコンサートであり、ギャラは出ないにしても200万円もの収益があるほど、多くの人々がコンサートに来るということで、大切な演奏であるのです。そのような大切なコンサートで演奏できることを心から感謝しています。その祈りは父にささげてもらいたいとのことなのです。帰国してコンサートを開催しました。海老名の文化会館、清水ヶ丘教会や横浜本牧教会でのコンサートの時にも、開会前にお祈りを求められ、祝福のコンサートになりますようにとお祈りしたのでした。
お祈りは神様にささげます。お祈りをささげたことで、神様に心を向けつつ歩みが導かれていることを確信するのです。世にも不思議なお祈りは、まさに力の源泉なのです。
<聖書の言葉>
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
(テサロニケの信徒への手紙<一>5章16節、17節、18節)