鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<326>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<326>
2015年4月15日「御言葉を示されるために」


聖書の言葉
御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。
(テモテへの手紙<二>4章2節)


 4月の第二日曜日は横須賀上町教会の礼拝説教、聖餐式を担当する。この第二日曜日は我が家の家族が出席するので、それだけで礼拝出席者が多くなるのであるが、この日は他にも二名の方が出席されており、20名近い出席者であったと思う。礼拝をささげる。やはり一人でも多くの出席者があることを願っている。だから、諸教会はいろいろな方法で招きの取り組みをしているものである。横須賀上町教会の場合、少し高台にあり、礼拝に出席するためには階段を上がっていかなければならない。こうなると敷居が高いという印象になるのである。しかし、道路に面して礼拝案内が掲げられており、説教題が筆で描かれている。書かれておられるのは画家であり、詩人でもある方である。結構、インパクトがある説教看板であり、思わず階段を上がっていく導きになればと思っている。招きの取り組みと共に、現代における礼拝の取り組みも検討しなければならないのである。広告看板等を結構掲げているのであるが。
 教会によっては、礼拝の中でゴスペルソングを歌い、それにより霊性を高めている。あるいは賛美をするにも手拍子を打ちながらの場合もある。霊性を高めるいろいろな取り組みが行われているのである。それらの良しあしを述べているのではない。2013年3月から三ヶ月間、マレーシア・クアラルンプール日本語キリスト者集会のボランティア牧師として赴く。要するに日本人教会の牧師として赴いたのである。その日本人教会は会堂を持たない。市内にある兄弟団の集会所を借りて礼拝をささげているのである。その兄弟団は大きな礼拝堂があり、そこで礼拝をささげているのであるが、講壇の横にはいろいろな楽器が置かれている。この大きな礼拝堂で、ボランティア牧師として務めたとき、バルセロナでピアノの演奏活動をしている娘の羊子がチャペルコンサートとしてピアノの演奏をしたのである。こちらの礼拝では、礼拝中にもバンド演奏があるようだ。日本人教会が借りているミッションホールも講壇の横にはいろいろな楽器が置かれていた。実際にバンドを取り入れた礼拝を経験してないが、いろいろな取り組みを示された思いである。
 礼拝の取り組みといえば、バルセロナカトリック教会で学ぶことが多かったと思う。15年前から羊子が出席し、奏楽奉仕をしているパロキアの教会には、バルセロナに滞在するたびに、その教会のミサに出席している。2011年、2012年、2014年の三回も滞在しているが、その都度、神父さんが異動していた。今回2014年10月から約三ヶ月滞在したのであるが、ミサにおいてビデオを見せながら御言葉を取り次いでいたことが印象に残る。必要であれば、スクリーンに映されている言葉をみんなで読んだりしていた。さらにいろいろな人たちが聖壇に上がって、それぞれのお祈りをささげていたことも、良い取り組みであると示されている。あるいはミサの中でも、出席者が全員、手を繋いで一つとであることを示すのである。聖餐式の前に、出席者が前後左右の人と握手したりハグしたりすることも大切な取り組みである。この聖餐式の取り組みは日本基督教団の教会でも取り入れている所がある。
 礼拝後、「あなたに平安がありますように」と前後左右の人と挨拶を行っていたのは大塚平安教会時代である。この挨拶はかなり以前から行うようにしている。礼拝が終わって、互いにご挨拶をしましょうと勧めるのであるが、「どうも、どうも」の挨拶程度なのである。教会の挨拶は祝福をお祈りしあうことである。この礼拝後の挨拶に慣れているので、六浦谷間の集会の礼拝が終われば、夫婦二人であっても挨拶をしあうのである。祝福を祈り合うということである。今でもいくつかの教会に招かれるのであるが、礼拝が終わっても挨拶、互いに祝福の挨拶が無いので、なんとなく物足りない思いである。
 サグラダ・ファミリアの神父さんは、ミサが終わると会衆の皆さんに話しかけている。世界のサグラダ・ファミリアであり、いろいろな国々からミサに出席しているので、初めて出席した人を前に集め、何処から来たのか尋ねている。一人や二人ではなく、30人もいるのである。新年のミサでは、各国の新年の挨拶を紹介してもらっている。会衆に打ち込んでいる神父さんなのである。その神父さんが羊子の結婚式にあたり、カトリックの神父とプロテスタントの牧師の共同司式を提案してくれたのである。カトリック教会のミサの取り組みは人々の喜びとなっていると示されているのである。その辺りは、日本基督教団の教会として学ばなければならないだろう。礼拝に出席する。喜びであり、希望が導かれる。そういう礼拝でありたい。



クアラルンプールの兄弟団の教会でチャペルコンサート
講壇の横にはバンドの楽器が置かれている。2013年4月。



バルセロナのパロキアの教会のミサ。
ビデオを見ながらのミサ。みんなで手を繋いでミサをささげる。
2014年10月。



サグラダ・ファミリアのミサ。
ミサが終わり、会衆の皆さんの声を聞く神父さん。
求められて祝祷をおこなう。2014年10月。



サグラダ・ファミリアでは日曜日にミサがささげられている。