鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<325>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<325>
2015年4月13日「共にいただく喜び」


聖書の言葉
毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をしていた。
使徒言行録2章46節)


 3月末から4月の始めにかけて、千客万来であったことについては報告している。3月29日の六浦谷間の集会には清水ヶ丘教会時代の友人が共に礼拝をささげる。礼拝後は食事をしながら楽しく過ごした。そして翌日の30日には昔の友人お二人が来られる。一週間後の4月5日はイースター礼拝であり、実に9名の皆さんがこの六浦谷間の集会に出席されたのである。7日の火曜日には青山教会時代の友人二人がお出でになる。1969年の頃であるから、その当時を思い出すのが大変である。こうして千客万来を喜び、さらに我が家のお祝いの集いが11日に開かれる。三番目の優の誕生日、弥生さんの誕生日、それぞれ日が異なるが、同じ4月であるので一緒にお祝いしたのであった。
 この様に皆さんと楽しく食事をしながら過ごしたのであるが、うれしい悲鳴ながら食事の準備をしなければならない。久しく使わなかった飯台を物置から出し、連れ合いのスミさんはいろいろなお寿司を作るのであった。4月5日のイースター礼拝にから揚げをホットモットで購入したものだから、7日に友人が来られた時も、11日の我が家の誕生会の時にも、そのホットモットでオードブルを注文したのであった。もちろん他にも用意されているが、賑やかな食事になるのである。
 こうして皆さんと楽しく食事をしながら過ごすことができたのは、我ら夫婦が隠退しているからであり、現役であったら、あまりこの様なことはないと思う。もっとも大塚平安教会在任時代、それも結構昔になるが、土曜日には青年たちと夕食を共にしたものである。その頃、今は牧師になっている皆さんが神学生として奉仕をしていた。週報の印刷等、また礼拝の準備が終わり、夕食を共にいただいてはいろいろと語り合ったものである。神学生でなくても、青年の皆さんと食事をしたものだ。現役時代は家庭集会で美味しい食事をいただいている。木曜日は綾瀬ホームの職員礼拝、利用者礼拝が行われ、その後は深谷地区で家庭集会が開かれる。集会にはいつもおいしい昼食が出されるのである。出席される皆さんの持ち寄りもあり、一通りいただくとお腹いっぱいになる。そして、そういう状態で八王子医療刑務所に向かう。刑務所で教誨師の職務を行うのである。かなり眠くなるのは確かである。16号線から脇道に入り、路肩に寄せてしばらく寝ていたこともある。こうした食事の思い出があるが、個人的には教会の皆さんと食事をした覚えがあまりない。スペインで過ごしてから、その様な個人的な食事のお交わりが多かっただけに、日本ではこの様な食事のお交わりがないことを示されるのであった。日本では招き、招かれては食事をいただく習慣がないのである。日本中がそうであるとは断定してないのであるが。
 昨年、2014年10月21日より2015年1月8日まで、スペイン・バルセロナにいる羊子のもとに滞在する。今回は羊子の結婚式のためでもあるが、カトリック教会のクリスマスを体験することにしたのである。早速、10月24日には羊子の結婚式に出席するために、わざわざお出でくださった高山ご夫妻、中嶋ご夫妻、そして横浜本牧教会員の方とお嬢さんをお招きしての晩餐会を開いたのであった。羊子が親しくさせていただいているマルケスさんとは四回も食事を共にしている。二回はUKAIという日本料理店、一回はサンタコロマの神父さんの家で、そして一回はゆく年くる年の食事をマルケスさんの家でいただいたのである。羊子のピアノのお弟子さんで84歳になるのであるが、その方からレストランで食事のもてなしをいただいている。サンタコロマの婦人の方からも食事をいただく。腕を振るって用意された肉料理である。羊子も親しい友人をお招きしての食事、さらに羊子の誕生日には13名も集い、一緒に食事をいただいたのである。友人の誕生日にはお招きをいただくので、友人が多ければ、呼ばれる回数も多くなるし、お招きする皆さんも多くなる。バルセロナ日本語で聖書を読む会、マドリッド日本語で聖書を読む会も集会の度に美味しい食事が用意されるのである。今回は羊子の彼の実家、お母さんのコンチーターさんの家で二回も食事をいただいているし、またそのお母さんと妹さんをお招きしての食事も行われた。そして、その妹さんご夫妻にもお招きをいただいている。バルセロナに来るたびに食事のご招待をいただいているマルガさん、今年もクリスマスにお招きいただいている。そして、羊子がバルセロナに渡って、当初はネウスさんという婦人の家に下宿させていただいたのであるが、私達がバルセロナに来るたびに、そのネウスさんがレストランでご馳走してくれるのである。
 バルセロナの思い出は皆さんと食事を共にしたことが実に多かったことである。何かと言っては食事を共にするのである。そして食事の度にいつまでも話している皆さんを示されたのであった。良く食べる、良くお話しをする、とても大事な人生なのであるが、日本では欠けている面もある。



羊子の結婚式に日本から駆け付けてくれた皆さんと食事。



84歳の婦人と共にレストランで。



サンタコロマの神父さんのお宅で。



羊子の誕生会の時、皆さんをお招きする。



マルがさんのお招きをいただいて。
その他、食事のお交わりがたくさんあるが割愛する。