鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<456>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日〜)<456>
2018年1月20日「寒さ暑さも彼岸まで」



聖書の言葉
それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮しになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。
新約聖書ルカによる福音書2章51-52節)



今日は暦の上では「大寒」と言われている。一番寒い日であるとか。確かにこのところ寒さが続いている。来週の月曜日22日は雪が降るとの予報である。そうなると車で幼稚園に行くのは危険でもあり、電車で行こうかなどと考えている。車で幼稚園までは50分くらいであるが、電車とバスで行くと1時間30分はかかる。そうなれば、やはり車で行き来しているのである。しかし、時には電車・バスで行くこともあり、時間を要したとしても安心して行ける。横浜まで京急線で行き、そこからはバスに乗れば本牧に行けるのである。以前は横浜駅でJRに乗り石川町駅まで行き、そこで降りて元町からバスに乗っていたのである、横浜駅からバスの乗った方が何回も乗り換えをしなくてもよいのである。
新年を迎え、幼稚園は1月5日に教職員の出勤となる。そして1月9日が第三学期の始業日となった。その日は始業式に臨み、連れ合いのスミさんが掛かり付けの医院に行きたいというので、早退したのであった。スミさんはその医院で薬を処方してもらうだけである。その後は整形病院でリハビリを受ける。せっかく医院に来たので、私も診察してもらうことにしたのであった。このところ、7度まではいかないが微熱が続いていたのである。お医者さんは、念のためインフルエンザの検査をしておきましょうと言われてので、受けることにした。そうしたら罹っていたということである。若い人は高熱となるが、高齢者は高熱にはならないとか。実際、微熱で過ごしていたのである。心配したことはバルセロナから羊子家族が滞在していたことである。12月20日にイグナシオさんと義也君と共に一時帰国したのであった。今回は演奏活動は1月6日の深沢教会におけるニューイヤーコンサートだけであり、ほとんどは家で過ごすことになっていた。それでもいくつかのスーパーに行き、買い物をしたり、1月4日には鎌倉の国宝館の見学をしている。一緒に過ごしていたので感染してないか心配であった。彼らは1月10日にはバルセロナに戻ったが、感染もなく、元気に過ごしているというので安心する。インフルエンザになったので、しばらく安静にしていたが、1月17日から幼稚園の職務についている。
1月19日には幼稚園の「お餅つき」である。保護者の皆さんのお手伝いをいただいて、楽しくお餅つきをしたのである。最初はお父さん達がお餅つきをしてくれて、その後は順次子供たちもお餅つき体験をしたのである。お父さん達もお餅つきをしてくれたのであるが、印象としては、お餅つきの体験を持たないようでもある。せっかくお餅をついてくれるので、大いに喜んでいたのであるが。お餅をつく場合、ペタンコとついたら手返しでお餅を返し、そしてペタンコとつくのである。ところが、杵を続けざまにつき、しばらく続けざまについてから手返しをするのであった。それはそれでおいしいお餅になるのであるから、それでも良いと思ったのであった。実演する必要もあったが、皆さんのお手伝いに任せたのであった。
来週22日からは年長組の皆さんがグループで園長室にやって来る、一緒にお弁当を食べるのである。教室ではなく、園長室でお弁当を食べる、そのために案内状を出しておく。前任のドレーパー記念幼稚園時代も年長組の皆さんとお弁当を食べていた。そのときは案内状も出していないので、保護者の皆さんは後で知ることになる。「今日は園長先生とお弁当を食べたんですって。分ってればねえ」と言われるのであるが、分っていれば豪華なお弁当になるのかな。とにかく楽しいひと時である。子供たちのいろいろな感想を聞くことになるのである。三学期は短い。後は卒園遠足等があり、楽しい思い出を持ち、元気に巣立ってもらいたいと思っている。



鎌倉の国宝館を見学する。



孫と過ごしつつ。