鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<332>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<332>
2015年5月13日「お祈りを示されながら」


聖書の言葉
わたしの愛する兄弟たち、思い違いをしてはいけません。良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。
ヤコブの手紙1章16-17節)


 76歳になり、その辺りの心境は前回記している。誕生日にあたり、その周辺のことなどもあるので、もう少し書き加えておこう。子供たちには、「お父さんもお母さんも、何もかも持っているので、お祝いだからと言ってプレゼントは要らないよ」と言っている。この歳になって私の父の思いが理解できるようになった。父は98歳まで長生きしたが、誕生日にはそれなりにプレゼントをしたものである。父の誕生日は9月なので、冬を迎えるにあたりラクダのシャツ等をプレゼントする。しかし、父は喜んで礼を述べながらも、そのシャツを着ることもなくタンスに仕舞ってしまうのである。折角あげたのであるから、袖を通してもらいたいとぶつぶつ言ったものである。しかし、この歳になって、父の思いを理解するようになる。我が家の子供たちも誕生日、母の日、父の日、クリスマス等にはお祝いのプレゼントをくれる。身に付ける物が多い。ところが結構それらの物は持っているのである。それでも私の父の場合とは異なり、喜んで身に付けるのである。しかし、これに類するものは持っているのにと内心思っている。だから子供たちのプレゼントを喜びながらも、「これからは、プレゼントは要らないよ」なんて言っているのである。そうは言うものの、やはり子供たちからのプレゼントは何よりも嬉しいのである。なるべく身に付けるようにしている。
 腕時計は星子が贈ってくれたが、もう10年も昔になると思う。今でも使うことができていることを喜んでいる。昨年は羊子のいるバルセロナに行く。合間を見てイタリアのフィレンツェを訪ねる。12月になっており結構寒くなっていたのである。そのため羊子はイタリア製の皮手袋を買い求めてくれた。日本で使っている手袋は、結構すり切れているので、帰国してからも冬中はその手袋を使っていたのである。三番目の優からは暖かいちゃんちゃんこが贈られているので、これも冬中は身に付けていた。星子と優がそれぞれ暖かいズボンをプレゼントしてくれた。これを身に付けるタイミングに苦労する。星子が来た時には星子から贈られたもの、優が来た時には優から贈られたものを身に付ける。二人が一緒に来た時には、時間を変えて身に付けるのであった。嬉しい気の使い方なのであるが。なるべく子供たちから贈られた物は使うようにしているということである。今回も「何も要らないよ」と言っていたのであるが、星子が散歩用の靴をプレゼントしてくれた。以前にも星子から靴をプレゼントされているので、「まだ、履けるよ」というのであるが、「靴は癖がついてしまうので、新しい方が良い」というのである。早速、誕生日後は新しい靴を履いて散歩をしている。
 日本にいれば、もちろん子供たちがお祝いしてくれる。今年の2015年、昨年の2014年は私も連れ合いのスミさんも日本にいたので、子供たちからお祝いされる。2013年の3月からはマレーシアにいたので、その時は連れ合いのスミさんと共に二人で私の誕生日祝いをしている。2012年は9月から2ヶ月バルセロナに赴く。9月にはスミさんの誕生日を迎えたのであるが、バルセロナでもローマでも皆さんからお祝いされたのであった。そして2011年は4月から1ヶ月半、バルセロナに滞在したが、私の誕生日を羊子の知人の皆さんによりお祝いされたのであった。振り返ってみると、本当にいろいろな皆さんから私達の夫婦がお祝いされている。今回もバルセロナの皆さんがお祝いの言伝を、羊子を通して述べてくださっている。
 ドレーパー記念幼稚園時代、30年間6ヶ月、園長であり牧師として、誕生日を迎えた子供たちに祝福のお祈りをしてきた。その祝福のお祈りを示されながら、今、私達夫婦が皆さんから祝福のお祈りをいただいていることを示されているのである。誕生日を迎え、お祝いを喜んでいるが、背後にある皆さんのお祈りを示されているのである。だから誕生日を喜んでいるのである。



2011年5月、スペイン・バルセロナにて誕生会。



2012年9月、ローマ在住のバリトン歌手カルロスさんとお友達から、
スミさんの誕生日をお祝いされる。



2013年5月、マレーシア・クアラルンプールにて、
夫婦で誕生会。



ドレーパー記念幼稚園在任時代、
牧師・園長としてお誕生日の子供たちに祝福のお祈りをしていた。