鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

バルセロナ滞在記「聖誕の門を仰ぎ見つつ」<20>

バルセロナ滞在記(2014年10月21日〜)<20>
2014年11月11日「食べ物処事情」



 今日は朝のうちは雲が多く出ていたが陽が射しており洗濯物を干す。しかし、二時間くらいしてかなり暗くなってきたので洗濯物を取り込む。洗濯物を干す道具があるので、部屋の中で干すことにしたのである。日本でも家の中で干せる道具があるが、こんなに大きなものは見たことが無い。しかし、探せばあるであろう。普通の家では場所が必要なので使わないということである。
 ところで今日は昼食の招待をいただいている。羊子がピアノを教えている生徒さんが、羊子夫婦と我々夫婦を招待してくれたのである。生徒さんと言っても84歳になる婦人で、この歳でピアノを習っているのであるからたいしたものである。お連れ合いをなくされており、娘さんと共に生活されているのであるが、ピアノを習うのは、一つには話し相手を求めてのことらしい。3、4年前にお連れ合いを亡くされ、元気を無くされているとき、婦人の娘さんが羊子を紹介したのである。娘さんの友達の娘に羊子がピアノを教えており、その友達の紹介によりピアノに向かうようになったのであるが、もともとピアノは多少は弾けるのである。ピアノを弾くようになってから元気を取り戻し、羊子のレッスンを心待ちにしていると言われる。羊子がピアノを教えるもおしゃべりが多くて練習にはならないとか。今日は午前にその方のレッスンがあり、我々夫婦とイグナシさんはタクシーでレストランに行く。羊子はバイクで出掛けたので、レッスンが終わり次第にレストランに来ることになっている。そして招待をしてくれた婦人、マティルデさんはタクシーで来るのである。午後2時にレストランで落ち合うことになっている。そして一同が出そろい楽しい食事となる。レストランはバルセロナのグラシア地区にあるエル・レボストゥと言う店である。レボストゥとは食料貯蔵庫の意味であるとか。店の中にはいろいろな絵画が飾られていた。なかには売値もついている。やはりレストランであり、結構お客さんも入っていた。
 マティルデさんはもちろん結婚式にもお祝いする会にも出席している。しかし、その時には私達はお話しする機会がなかった。羊子の通訳がなければお話しができないからである。以前から知っている人であれば、何とか気持ちが通じるのである。今日は羊子を通じていろいろとお話しすることができた。羊子はこの方からいろいろな物をいただいている。電気スタンドをいただいている。これは机の上に置くスタンドではなく、部屋に置くスタンドであり、その対のスタンドが食事の間に置かれており、いつも明るくしてくれているのである。洋服も随分ともらっている。お連れ合いを亡くされたので、男物の冬物衣服をいただいている。だから日本から来るにあたり、あまり冬物の衣服は持参していない。セーター、カーディガン等暖かい衣服を多数いただいているからである。その他にもいただいているが、便宜をいただいたりしている。たとえば、冷蔵庫を買い替えたからと今までのものを安く提供してくださる。ありがたく感謝しているという。今までバルセロナ勤務であった方が、転勤でアメリカに行くことになり、使っていた乗用車を安く譲ってくださった。ニッサンの車なので、こちらでは日本車は高級車なのである。既に我々もその車の恩恵に与っている。
 今日はバルセロナの比較的高級なレストランで食事をいただく。今までもクアトラ・ガッツというピカソにちなんだ店、ロス・カラコレスと言う店、いずれも高級レストランでいただいている。その他、シッチェスやパルク・ダ・マル地区の海辺での食事も高級レストランであった。このようにレストランがあるが、通常はレストランではなく、バルとかカフェと言う店で食事をする人が多い。日本でいえばバーであるが、軽い食事も出すのである。そして、店の前の道路にテーブルとイスが置かれ、ほとんどの人は店の中ではなく外で食べているのである。まさに軽食であるが、レストランに入らなくても、これらの店でいただくので十分なのである。このような店があちらこちらにある。道を歩けば店先のテーブルと椅子をよけて歩かなければならないのである。そして軽食であるが長々と座って話し込んでいる。本当にこちらの人々の話好きには驚くほどである。パリでもローマでもおしゃべりが気になったが、日本人の無口が浮き彫りにされるようだ。少しは話好きに刺激されなければならない。



食事の招待をいただく。



ピアノの先生と生徒であるが。
どちらがどちらかな。


広い歩道でもカフェテリアが邪魔している。



ここにもカフェテリアがある。
何を話し込んでいるのやら。