鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<270>

隠退牧師の徒然記(2013年7月20日〜)<270>
2014年7月21日「ある風物詩を思い出しつつ」


聖書の言葉
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」。天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。
ルカによる福音書2章13-16節)



 神の庭・サンフォーレを支える会の協力委員会が開催された。キリスト教シニアホーム「神の庭・サンフォーレ」は秦野市の中に建てられているが、委員会は藤沢のサンフォーレ本社で行われている。年に4回の委員会が開催される。先日の7月18日に開催されたので、その藤沢に赴いたのである。キリスト教シニアホームを建設する当初からかかわっており、今では「支える会」の委員長を担っている。藤沢にはサンフォーレの本社があるので、関わり上何回か訪れている。また、ドレーパー記念幼稚園の園長在任時代、神奈川県による幼稚園の現況調査が藤沢の合同庁舎で行われることがあり、一年に一度のことであるが、藤沢の商店街を歩いたものである。本社は江ノ電ビルの中にあるが、そこに赴く途上、欅の樹木並木があり、その樹木の中にいる多くの小鳥たちが鳴きわめいているのである。いつ藤沢に行っても、この騒音としてしか思えない小鳥たちの大合唱を聞くことになる。なぜ町の中にある樹木の中で鳴きわめいているのであろう。近くは大船、鎌倉であり、小高い山々が存在している。それらの山々の樹木の中で、都会の空気が悪いところにいないで、のびのびと自然の中に溶け込まないのであろうかと、不思議に思うのである。
 我が家は谷間に存在していることは、しばしば触れている。上の方は家が建ち並んでいるが、中腹は山の面影をとどめている。そこにはいろいろな動物が住んでいるようである。何よりもリスの電線渡りで、その山の中腹に駆け込んでいく様を見ている。狸がいるとも言われている。小鳥たちの絶好の住処でもある。鶯が鳴くときは一日中、素敵な鳴き声を聞かせてくれる。この中腹の樹木に、もし藤沢に住む小鳥軍団が住み着くようになったら、それはそれは大変なことになると思っている。こんなに緑の樹木に囲まれながら、小鳥たちの鳴き声被害は受けていないことが幸いである。もっとも夏になると蝉しぐれということがあるが、蝉の鳴き声はさほど騒音とは思わない。
 もう、随分と昔のことであるが、東京の目白にある神学校に在学していた頃である。私の23歳から29歳の時代であるから50年も昔のことである。寮生活をしていたのである。その寮の裏庭に大きな銀杏の木があった。夏の頃は青々と銀杏の葉っぱが賑やかであった。その葉っぱの賑やかさに加えて小鳥の賑やかさが加わる。小鳥の軍団がやってきて、一斉に鳴き出すのである。本当にうるさく感じる。もっとも昼間、寮にいる学生はいくらもいない。夜の神学校なので、日中はアルバイトに出ている学生が多い。私はといえば夜のアルバイトであった。神学校の授業は午後6時から10時頃までである。神学校の前に企業コンサルタントの会社があり、その会社の宿直の仕事をするようになる。夜の仕事であるが、12時前には館内を見回り、後は寝るだけでる。だから日中は十分勉学に打ち込むことが出来たのであるが…。とにかく寮で机に向かっていると、小鳥たちの大合唱が始まるのである。うるさいと思いながらも、その騒音を聞いているだけなのである。ところがある程度大合唱が続くと、突然「ぱんぱん」と手をたたく音が聞こえてくる。すると、あれほど鳴き騒いでいた小鳥たちが、ぴたりと鳴き止むのである。しばらくは静かにしているが、一羽が鳴きだすと、他の小鳥たちもまた鳴きだす。大騒音になる。今度は「どんどん」という音がする。何か棒のような物でたたいているようである。小鳥たちは鳴き声をやめたと同時に、一斉に飛び立つのであった。その飛び立ちの瞬間も、ものすごい音である。パンパンと手をたたくのは、神学校の隣に教会があり、当時の牧師先生である。今は天におられるが、書斎で執務を行い、あるいはお祈りしている時などは、やはりうるさい音なのである。こうして静寂が戻るのであるが、また数日して大合唱が起こる。そして、パンパンという手拍子も聞こえてくる。神学校の寮の一室で、そんな風物詩があったことを、藤沢の小鳥たちの鳴き声を聞きながら思い出したのである。それにしても、藤沢駅前の樹木の中で鳴き続ける小鳥たちは、どうして他に移動しないのであろう。もっと良いところがたくさんあるのに。小鳥たちも都会が好きなのであろう。



家の裏手ではなく、横手は山の中腹である。リスや狸の住処でもある。



近所の家も樹木におおわれている。