鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<220>

隠退牧師の徒然記(2013年7月20日〜)<220>
2013年12月25日「喜びが増し加わり」


聖書の言葉
何事にも、不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非の打ちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。こうしてわたしは、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。
(フィリピの信徒への手紙2章14-16節)



クリスマスとなり、社会はものみなクリスマスになっている。商店のウインドウは華やかなクリスマス飾りが施され、見るのも楽しみである。また、競い合うように大きな、また特色あるクリスマスツリーを作る。先日もテレビのニュースで、ある病院の小児科病棟で折り紙のツリーを作ったことが紹介されていた。折り紙にはいろいろな願い事が記されている。病を持つ子供達は自ずと、「早く良くなりますように」と書くのである。ツリーと共にクリスマスソングも鳴り響いている。夕刻、散歩に出ると、玄関や垣根に電光飾りを設置し、きらびやかに光を放っているのを見る。みんなクリスマスが嬉しいんだと思うのである。
むしろ教会は社会が華やかに飾り立てるほどには飾らない。それでも皆さんを教会にお招きするためにも、電光飾りを施したりしている。大塚平安教会時代を思い出す。待降節が始まると共に、教会の窓にステンドクラスをつける。このステンドグラスは、もうかなり昔に作成したものである。紙とセロファンで作られたもので、木枠に固定されている。それを窓にはめ込むものである。あの頃、もう20年も昔のことになると思うが、青年達が作成したものである。それがそのまま今でも用いられている。おそらく今回で終わりになるのではないかと思う。大塚平安教会は新会堂建設を進めており、来年には完成するだろう。そうなるとステンドグラスは使えなくなる。ついでに記せば、あの聖壇もなくなるのである。柱と梯子、そして十字架の聖壇は、一つの時代であった。新しい教会は、新しい主の栄光をあらわしつつ歩むであろう。
12月15日は三崎教会の礼拝に招かれ、説教の御用をさせていただく。11月10日にはスペイン・バルセロナ在住の羊子が一時帰国し、各地でピアノのコンサートを開かせていただいたが、こちらの三崎教会でもコンサートを開かせていただく。15日に伺ったときにも、皆さんからの称賛をいただき、嬉しい思いをする。ところで、今回三崎教会に伺った時、印象に残る講壇花を見ることになる。どこの教会も、礼拝にはお花を飾るものである。三崎教会も飾られているが、今回は芸術的なリース風の生け花と言うべきか、それも重々しいリースが備えられていた。リース風にまとめられた生花なのである。その時、その説明を聞くべきであったが、聞かないでしまったことを後悔している。しかし、写真に収めておいたので、記念として残ることになる。印象に残るクリスマスの聖壇であった。
印象に残ると言えば、我が六浦谷間の集会のクリスマス礼拝も印象に残っている。こちらのクリスマス礼拝については前回のブログにも記している。いつもは「たった二人」の礼拝であるが、クリスマス礼拝は12名の皆さんがお集まり下さった。その中には小澤八重子さんも出席されている。久しぶりのご出席である。前回ご出席されたのは今年の2月24日である。その後は私達が3月13日から6月4日まで、マレーシア・クアラルンプール日本語キリスト者集会のボランティア牧師として赴いたため、六浦谷間の集会はお休みとなる。その後帰国しても横須賀上町教会や三崎教会の講壇に招かれたりしている。さらに夏は暑さが続いたこともあり、なかなかご出席になれなかった。11月は三回も他の教会に招かれているので、小澤さんのご都合もあったりしてご出席が難しかったのである。久しぶりにお会いしたがお元気に讃美歌を歌っておられた。祝会でも皆さんと共に食事をいただいていた。
この六浦谷間の集会で、もう一つ印象に残ったことがあった。次女の星子が礼拝の奏楽を担当してくれたのである。いつもはヒムプレーヤーで賛美している。星子が出席した時にもヒムプレーヤーで賛美していたのである。今回は大勢の皆さんが出席されるので、奏楽を星子に依頼していたのである。そしてクリスマス礼拝という記念すべき礼拝で奏楽をしてくれたのであった。もともと星子は大塚平安教会時代に奏楽奉仕をしていた。その後、仕事の都合等で奏楽ができなくなったが、2010年3月にも奏楽を担当している。そして2010年3月28日は私達夫婦の最終礼拝、送別礼拝であったが、そのために帰国した長女の羊子が奏楽を担当し、部分的に星子や三女の百合子も奏楽に加わったのである。子ども達の奏楽により最終礼拝のお務めを果たせたことを感謝し、喜んだのであった。
隠退牧師として過ごすうちにも、印象に残る日々があり、喜びつつ書き留めておきたいのである。



三崎教会の講壇花。リース風にまとめられている。




六浦谷間の集会クリスマス礼拝で奏楽する星子。