鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

「隠退牧師の徒然記」<157>

隠退牧師の徒然記(2013年2月1日〜)<157>
2013年3月9日「振り返れば、お恵みの数々(その五)」



聖書の言葉
私の協力者テモテ、また同胞のルキオ、ヤソン、ソシパトロがあなたがたによろしく言っています。この手紙を筆記したわたしテルティオが、キリストに結ばれている者として、あなたがたに挨拶いたします。
(ローマの信徒への手紙16章21〜22節)




 2012年度を振り返るとき、やはり礼拝の生活が第一になるが、その礼拝説教をいくつかの教会からお招きをいただき、それぞれ赴いたことを記した。礼拝のお招きをいただき、それぞれの教会に赴いたとき、皆さんとのお恵みのお交わり、出会いが導かれるのである。横須賀上町教会には月に一度、礼拝説教を担当させていただいているが、それは2010年10月からであり、既に教会の皆さんとのお交わりが導かれている。2012年度において、新たに導かれたお交わりは三崎教会である。三崎教会の場合は定期的に礼拝の講壇を担当させていただいている訳ではないが、少なくとも2012年度は四度のお招きをいただいている。こちらの教会の代務者である生野隆彦先生はもともとは同教会の牧師であった。今は代務者として関わっているが、説教者として幾人かの牧師を招いているのである。その一人に加えて頂いたことは誠に感謝である。こちらの教会には清水ヶ丘教会出身の秋山さんがおられ、また青山教会員の山田満枝さんが出席されている。これらの皆さんとのお交わりについては、今までのブログにも記している。もはや四回も礼拝に赴くと、既に存じ上げる皆さんが多くなり、三崎教会に赴くことが喜びとなっているのである。




三崎教会の礼拝に出席する人々。



清水ヶ丘教会の礼拝に出席する人々。



 2012年度は8月26日に横浜本牧教会に招かれたし、9月2日には清水ヶ丘教会に招かれている。これらは一回限りであるが、横浜本牧教会は半年間の代務者時代があり、清水ヶ丘教会は出身ということであり、久しぶりに皆さんとお会いする機会が与えられたのである。そして、2012年度、出会いの締めくくりはマレーシア・クワラルンプール日本語キリスト者集会の皆さんとのお交わりである。こちらは、これからのことであるが、実に多くの皆さんとの触れ合い、出会い、お交わりが導かれたのであった。もう一つ、大事な出会いを報告しておかなければならせない。スペイン・バルセロナでお会いした皆さんである。
 2012年9月10日から11月6日、バルセロナの羊子のもとに連れ合いのスミさんと共に出かける。一昨年の2011年4月4日から5月18日までは連れ合いのスミさん、娘の星子と三人で赴いている。私にとっては二回目のバルセロナであったが、特に今回は人々との触れ合いが多く与えられたということである。一昨年2011年のバルセロナ滞在は、3月11日には東日本大震災が発生したばかりであり、そのためスペインにおいても日本の災害復興協力が呼びかけられていた。娘の羊子はバルセロナ各地で災害復興協力コンサートにピアノの演奏で出演していたが、マドリッドにおいても災害復興に協力するコンサートが開催され、ピアノ演奏で協力したのであった。従って、一昨年は復興協力コンサートと共に音楽事務所が主催するピアノ演奏コンサートで各地を回る。私たち三人も羊子と共にいろいろな場所に行くのであった。昨年、一年半ぶりにバルセロナで滞在したのであるが、今回はそれほど多くのコンサートはなく、むしろ皆さんとのお交わりの時が多かったのである。羊子の両親が来られたというわけで食事に招待してくれる。また、誕生会であると言い、私たち羊子の両親をもお招きくださるのである。それに対する意味もあるが、羊子も皆さんをお招きしては晩さん会を開くので、まさにいろいろな皆さんがお出でになる。多くの皆さんとのお交わりがあるが、親しくお話はできないのであるが、羊子の通訳を介してであっても、お交わりが深まるのである。恥ずかしながら、皆さんの前でハーモニカの演奏をするものだから、出会う人たちが、ハーモニカを吹く真似をしては手を叩いてくれるのである。それだけでも十分お交わりが深まっているのである。適当なことを言いながら、それが日本語であっても、身振り手振りで相手に通じるものである。そういう触れ合いは、言葉の触れ合い以上に交わりが深まるようである。




ローマにて。声楽家のカルロスさんの家に集まった皆さん。



羊子が奏楽奉仕しているカトリック教会のミサ。



画家の大原のお招きをいただく。



サンタコロマにあるカルチャーセンターの皆さん。



バルセロナ日本語で聖書を読む会の皆さん。



 このように羊子を通して多くの皆さんとの出会いが与えられた。それと共にバルセロナ日本語で聖書を読む会の礼拝説教を二度ほど担当させていただいている。もう一回出席しているが、三回目は説教の担当はなく、出席したのである。一昨年も二度ほど礼拝説教を担当しているが、今回は礼拝と共に多くの皆さんとの出会いが与えられている。
 いろいろな皆さんとの出会いが多くなるほどに世界が縮まってくる、そんな思いである。そこにも平和の根源があるのであると思っている。