鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

「受難の門を見つめつつ」・バルセロナ滞在記<6>

「受難の門を見つめつつ」・バルセロナ滞在記(2012年9月10日〜11月6日) <6>
2012年9月15日「六浦谷間の集会バルセロナの集い」




 連れ合いのスミさんの腰の具合は随分と楽になっているようである。一人で起きて、車椅子にも乗らずにトイレに行ったりしている。発作が起きたときは歩くことも出来ず、車椅子で移動しなければならなかった。歩けるようになったので、今日はプールに行くことになった。水の中で歩いていることにより、リハビリにもなるからである。ジムと言うかスポーツ施設は羊子の家から1分もあれば行かれる距離である。私は入らないでジムを見学しただけであるが、朝から結構利用されている。羊子はいつも利用していると言う。
 私はと言えば、家に戻ってパソコンに向かう。今日は六浦谷間の集会バルセロナの集会と言うことで礼拝を行うことになっている。そのため説教の整理をしたり、ブログを書いたりして過ごす。洗濯機が止まったので、洗濯物を干しに屋上に上がる。今日も空は真っ青であった。洗濯物を干し終わって部屋に戻るとスミさんが羊子と共に戻ってきた。プールでの歩行訓練は良い試みとして喜んでいた。
 12時頃になって羊子の知人が音あわせにやってくる。女性の声楽家で、羊子のピアノ伴奏でコンクールに出るそうだ。大きな声で歌っている。日本であると、隣近所を気にするのであるが、苦情も出ないという。石造りのマンションなので隣にはあまり聞こえないのであろう。むしろサグラダ・ファミリア前の公園で、朝から絶え間なくフルートの音色が聞こえてくる。大道芸人がフルートを吹いてお金を得ているのである。羊子が言うには中国人が吹いていて、半音の部分が間違っているとか。
 音あわせの声楽家が帰ってからお昼の時間となる。午後3時頃である。こちらの朝食は10時頃であり、昼食は3時頃、夕食は10時頃となる。だから寝るのは翌日になってしまうこともある。お昼の食事は羊子がオジヤを作った。昨日の煮込みとご飯を混ぜて食べたというわけである。羊子の家にいる限り日本的な食事となる。昨日のお昼はラーメンを作って食べる。今回の訪問で持参したのである。日本の食材を売る店があるが、必ずしも日本のものではなく、中国や韓国で作られたものが多い。
 さて、今日は土曜日であるが礼拝をささげることにした。六浦谷間の集会バルセロナ礼拝である。滞在中に8回の礼拝があるが、横浜本牧教会代務者時代に用意した説教を用いることにした。こちらで説教の準備をするにしては資料がない。だから以前の説教の骨子を使いながら、置かれている状況のメッセージとしたのである。但し、バルセロナ日本語で聖書を読む会の礼拝は二回開かれるが、その説教は日本にいるときに準備しておいた。六浦谷間の集会バルセロナの集いは家族礼拝である。昨年の家族礼拝は星子がいたし、同居の路美さんがいて5人の礼拝であった。今回も家族礼拝ができることを感謝する。聖書は出エジプト記12章21-28節、マルコによる福音書14章12-26節で、「救いの出来事」と題しての説教である。



羊子の家で六浦谷間の集会バルセロナ礼拝をささげる。



 今日は羊子の知人の皆さんをお招きして夕食をいただくことにした。私たち夫婦が羊子の家に来ているので、その挨拶の意味でもある。バルセロナに来て二日目にマルケス(伯爵)と称されているホアキンさんから招待を受け、夕食をいただいた。連れ合いのスミさんは具合が悪くて伺えなかったので、お出でいただいた。また、昨年、マルガさんの誕生会に家族で招待されているので、そのマルガさん。マルガさんの友人であり、羊子とも友人であるエンカルナさんにもおいでいただく。彼女は英語の先生でもあるとか。他に友人のイグナシオさんと息子のニル君である。9時30分頃来られ、共に食事をいただく。野菜サラダ、野菜の煮込み、鳥の丸焼きをいただきながら歓談する。こちらの人たちは大きな声でお話するし、大きな声で笑う。食事後は私が初めて人前でハーモニカの演奏を行う。マルガさんが歌い、スミさんも歌い、楽しいひとときを持つ。皆さんが帰ったのは翌日の1時30分頃であった。翌日まで食べたり、飲んだり、お話しする集いは普通のようだ。スペイン風の交わりを体験したのである。



皆さんをお招きしての楽しいひととき。
マルケスと称されているホアキンさんもお出でくださる。



ホアキンさんとマルガさん。
このお二人には滞在中、大変お世話になった。



はじめて皆さんの前でハーモニカを演奏する。
日本にいるときには一度もないのに。



スミさんとマルガさんが歌をうたい、皆さんに喜ばれる。