鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記 <123>

隠退牧師の徒然記(2011年6月1日〜)<123>
2012年7月16日 「原点を忘れないために」 


聖書の言葉
あなたは年に三度、わたしのために祭りを行わなければならない。あなたは除酵祭を守らねばならない。七日の間、わたしが命じたように、あなたはアビブの月の定められた時に酵母を入れないパンを食べねばならない。あなたはその時エジプトを出たからである。
出エジプト記23章14-15節)



 我が家の地域は夏祭りで、昨日からにぎわいを見せている。祭りの気分は昨日、今日ばかりではなく一ヶ月前から始まっているようだ。山車でなり物を響かせるため、笛や太鼓の練習を始めるからである。夕刻に散歩に出掛けるが、どこの街を歩いても笛や太鼓の練習の音が聞こえてくる。そのあたりから気分が盛り上がってくるのであろう。そのうち通りには提灯が飾られ、夜ともなれば提灯の明かりが一層気分を盛り上げるのである。祭りのための寄付者名の看板も祭りを盛り上げる側面でもあろう。土曜日14日の夕刻、いつものように散歩に出掛ける。追浜の雷神社の境内、また歩道にまで屋台が出ていた。どんな物を売っているのか、興味があったので、混み合う境内に入って行く。綿菓子、フランクフルト、焼きそば、いろいろなおもちゃ、金魚すくい等、昔ながらの出店であるが、ガラス玉がくるくる展開しているのは何かと思う。そこにはお客さんがいないので、いつまでも見ている訳には行かないので立ち去ることになる。混み合う境内に入って、屋台を見て歩く老人を怪訝に見ている人もいたろう。
 思い出すのは私の小さい頃である。小学校低学年の頃は、祭りと言えば神輿の後をついて歩き、友達と共に山車を引っ張っていた。屋台で買い物をした覚えはない。神輿や山車について歩くと、休憩所で冷たい飲み物や食べ物があるからである。いつの頃からか、祭りとは縁が切れたようである。宮城県の陸前古川教会時代の思い出もある。仙台の七夕祭りが終わる頃、古川市の七夕祭りが始まる。日曜日、礼拝が終わり、まだ小さかった三人の子供を連れて祭り見物に出掛けて行く。屋台を覗いて歩くこと、ちょっとしたゲームがあるので子供たちは喜びつつ参加もする。スイカ割りとか輪投げである。参加すればご褒美が出るので、子供たちは色々なゲームに参加するのである。このような賑わう祭りの中で、「死後さばかれる」と書いたプラカードを掲げ、ハンドマイクで聖書の言葉を言いながら歩きまわっている人達もいる。モルモン教の宣教師たちは地域に溶け込むということで、祭り半纏を着て山車に乗り、太鼓を叩いているのである。そういう姿を傍観しながら、子供と祭りを楽しんでいる牧師もいる。奇妙な風景である。祭りは地域の祭りなのであり、七夕祭りを名目にして、町の活性化が求められているのである。この際、神社仏閣がどうであるということは言わないことにしていたのである。
 祭りにはいろいろな意味合いがある。農耕社会にあっては豊作を願うこと、漁村社会では大漁を願うことなど。いわゆる「まつり」には「祀り」があり、神社神道における神様を崇拝することである。また、「奉り」とも言われる。これも「祀り」と同じようであるが、神様に仕える姿勢でもある。「政り」とも言われる。古い時代は政治を司る者と宗教を司る者が同一であることから、「まつりごと」と言われるようになる。日本では、今では政教分離が基本になっているが、昔は政治と宗教が一体になっていた。従って、「祭り」という場合には、いろいろな意味合いがあるので、必ずしも神社仏閣の行事ではない。
 キリスト教においても、日曜日に礼拝をささげることは「祭り」でもある。もともとユダヤ教では土曜日が安息日であった。神様が天地万物を創造され、七日目の土曜日に安息されたので、人間も創造の御業を感謝する日となる。いわゆる神様の創造を感謝する祭りである。それに対してキリスト教は、日曜日は主イエス・キリストが復活された日とし、この日曜日に復活の主を喜びつつ礼拝をささげるのである。これも祭りの一つになる。クリスマス、イースターペンテコステキリスト教の大きな祭りである。従って、クリスマスは降誕祭、イースターは復活祭、ペンテコステ聖霊降臨祭と称するが、「祭」という言葉が日本的な「祭り」と混同しないために、「祭」を使わない教会もある。日本基督教団の教会歴の取り扱いも「降誕日」、「復活日」、「聖霊降臨日」になっている。その日をお祝いし、感謝と喜びを共にするのであるから、「降誕祭」でよろしいと思う。私はそのように取り扱っている。聖霊降臨祭を迎えた後の信仰の歩みは、聖霊の導きをいただきつつ「降誕祭」に向かっているのである。
 それにしても、古今東西、どこの国も祭りを重ねながら歩んでいる。今では生活の中に溶け込んでいるが、相撲は奉納行事として神道の世界から始まっているし、オリンピックにしてもギリシャの神々にささげる競技であった。祭りによって国や町の活性化、町おこしが願われているのであるが、現代において神社仏閣の色濃い祭りは、必ずしも町全体が一つになっているのではない。日本の伝統的な祭りにより、人々が希望と喜びが与えられるならば、それはそれでよろしいと思う。
 聖書では救いの喜びの日を記念とし、祭りとしなさいと示している。お誕生日のお祝いは教会でも誕生日カードを送っている。しかし、受洗記念日をお祝いすることは少ない傾向である。聖書的に考えれば、受洗記念日は個人のお祭りなのである。自分のお祭り日を忘れている人も、これまた結構おられる現実である。




神社の境内地に出店している屋台を覗き歩く。



我が家の前の通りを子供神輿が。そんなに参加しているわけではない。