鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記 <122>

隠退牧師の徒然記(2011年6月1日〜)<122>
2012年7月14日 「授け、教えなさいと」

 

聖書の言葉
さて、11人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつまでもあなたがたと共にいる」。
(マタイによる福音書28章16-20節)



 このブログは原則として週三日、月水金曜日に書くようにしている。しかし、今週は月曜日に書いて以来、水曜日も金曜日も書かなかった。もしかしたら体調が悪くて寝込んでいるのではないか、なんて思われている方もあるかも知れない。だから断りもなく執筆を休むのはよろしくない。それで今週は土曜日になって書いたものを公開しているのであるが、本音を言えば、もはや書くことに事尽きているのである。
 今回、書いておきたいのは洗礼者の事である。実は15日の礼拝説教の聖書はマタイによる福音書28章16節以下の御言葉である。イエス様がお弟子さん達に伝道命令を与えている箇所である。それは今回の「聖書の言葉」で、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」とイエス様が伝道命令を与えている。洗礼を授けるよう命じておられるイエス様は、伝道者となった私にも命じておられるのである。前任の大塚平安教会を退任する日、最後の礼拝説教を終え、幼稚園ホールで送別会を開いてくださった。思い出深いひとときであった。その時、司会者が鈴木伸治牧師の30年間の牧会で洗礼を授けられたのは○○名であると報告されていた。授けた洗礼者の人数については、ほとんど意識になかったので、聞き流していたと思う。だから何名については覚えていないのである。今回、イエス様の伝道命令を示され、洗礼を授けることが何よりの命令であるならば、どなたに洗礼を授けたか、はっきりと認識しておく必要がある。それは、洗礼を授けた皆さんを心に覚えて祈らなければならないからである。そのため記録をもとに授洗者表を作成する。この中には幼児洗礼、堅信礼も含めている。もちろん、この表は私だけの資料である。
 大塚平安教会ばかりではなく、その前の陸前古川教会時代の授洗者も心に留めなければならない。1973年4月から陸前古川教会に赴任する。翌年の1974年12月22日、一人の青年が洗礼を受ける。この青年が私の初めての授洗者なのである。青山教会時代に正教師になっていたが、主任牧師がいるので、洗礼志願者がいれば主任牧師が授けることになる。牧師となって、初めての洗礼式は、やはり深い喜びが与えられたのであった。陸前古川教会の6年半の牧会で授洗者は9名であった。そのうち一人は赤ちゃんで幼児洗礼である。大塚平安教会の教会員になっていた上原喜美子さんは、1976年4月18日のイースター礼拝で洗礼を受けておられるが、場所は陸前古川教会であったのである。東京からわざわざやって来られて受洗されたいきさつについては割愛するが、その後、私たちが大塚平安教会に転任することで上原喜美子さんも転会したのであった。今は天におられるが信仰の生涯であった。
 大塚平安教会の30年6ヶ月の牧会の中で、洗礼を授けたのは79名である。前記したように幼児洗礼、堅信礼を含めてである。中でも忘れられないのは、1979年9月に赴任したのであるが、最初の礼拝が終わり、玄関で皆さんをお送りしているとき、一人の姉妹が洗礼を申し出られたことである。これには驚く。結局、もう少し間をいただく事と準備期間ということで、その年のクリスマス礼拝で洗礼式を執行したのである。笠倉祐一郎さんと正道さんは横浜市立大学病院の病室で洗礼式を執行している。数名の教会員もその場に臨み、涙しつつ、祈りつつ洗礼を祝福したのであった。正道さんはその一ヶ月後に天に召されたのであった。79名のうち幼児洗礼者は3名、堅信礼は2名である。また、洗礼を受け、信仰の喜びを持ちつつ歩まれ、天に召された方は11名おられる。その中で、77歳で洗礼を受けられた伊藤雪子さんのお証はいつまでも心に示されている。84歳で天に召されるが、7年間の信仰生活はそれまでのすべての歩みが祝福へと導かれたのである。洗礼を受け、当初は喜びつつ信仰生活をしていたが、今は教会を離れておられる人もいる。消息不明の人もおられる。別帳会員になっている人もいる。しかし、洗礼を受けられたほとんどの皆さんは、教会の群れの中におられ、信仰生活を喜びつつ歩まれている。例えば、今は教会から離れているにしても、主イエス・キリストの十字架の贖いを信じて洗礼を受けているのであり、その人を支えていると信じている。
 大塚平安教会を退任してから、横浜本牧教会で6ヶ月間代務者を務める。短い期間であったが2名の洗礼者が与えられている。2010年5月23日のペンテコステ礼拝の時であった。そのうちの1名は、癌の宣告を受け、余命3ヶ月の状況である。お連れ合いが教会員であり、今までもしばしば礼拝に出席していたが、信仰を自分のこととして、十字架の救い主を仰ぎ見たのであった。安らかなご召天であった。今のところ、この2名の方が最後の授洗者となっている。42年間の牧会で、授洗者は90名になる。この数字が多いとか少ないというのではなく、イエス様の伝道命令に対するお答えとして報告しているのである。



大塚平安教会の聖壇。説教台の横には洗礼盤が常時置かれている。