鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記 <19>

 

隠退牧師の徒然記(2011年6月1日〜)<19>
2011年11月11日 「高齢者支援と支援されつつある今」
 

聖書の言葉
ケンクレアイの教会の奉仕者でもある、わたしたちの姉妹フェベを紹介します。どうか、聖なる者たちにふさわしく、また、主に結ばれている者らしく彼女を迎え入れ、あなたがたの助けを必要とするなら、どんなことでも助けてあげてください。彼女は多くの人々の援助者、特に私の援助者です。
(ローマの信徒への手紙16章1節、2節)



 キリスト教シニアホーム「神の庭・サンフォーレ」が秦野に存立しているが、そこでの礼拝担当を10月18日に行った。礼拝は毎月第一、第三、第五に行われており、それぞれ牧師が赴き担当している。以前は年に二回は担当したが、今はなるべく広く、多くの牧師に担当していただいているので、年一度になっている。今年の6月21日に「支える会」総会が秦野の神の庭・サンフォーレで開催されているので、今年になって二度目の訪問となる。久しぶりに秦野を訪れ、道路から入口付近を眺めたとき、今までの取組みが走馬灯の如く浮かぶのであった。




神の庭・サンフォーレの入口付近




神の庭・サンフォーレについて、「支える会」の案内書より、紹介しておく。
「神奈川県の秦野、渋沢と言えば丹沢山系をうしろだてとする市街地であります。その市街地のはずれに神の庭・サンフォーレのたたずまいがあります。入居されているシニアの皆さんは、信仰に生きる喜びと、日々の生活を楽しみながら生活しています。現在、入居されている皆さんは20〜25人くらいです。その他、グループホームとして数人の方が入居されており、30人くらいの皆さんが入居して生活しています。このホームの目的は、キリスト者のシニア・ホームであり、高齢であっても信仰の喜びを持ち、神様に向かいつつ生活できるということであります。そのため神の庭・サンフォーレを支える会を立ち上げ、信仰において支援活動を行っています。支える会は主事を置き、入居者の牧会的配慮を行っています。礼拝を毎月第1、3、5火曜日に行い、教区内外の牧師が礼拝を担当しています。年間、約30人の牧師が「神の庭・サンフォーレ」の講壇に立っているのです。その他、「アクテビティ」として賛美の会、音楽会、朗読会を諸教会の皆さん、個人の皆さんが奉仕されています。傾聴・訪問のボランティアの方もいます。クリスマスや支える会総会の時は、入居者の皆さんと触れ合い、お交わりの時をもっています。このひとときは入居されている皆さんの大きな喜びとなっています。」




地域に開放された施設である。




神奈川教区内に高齢者支援の施設を造ることになったのは、1994年の宣教部委員会の話し合いからである。その頃、宣教部の委員長を担っており、このために奔走したのである。結局、有志によって「支える会」を組織し、神の庭・サンフォーレを支えて現代にいたっている。神奈川教区で議論したとき、様々な意見が寄せられ、反対意見があったが、今も「支える会」が活動していることは、初期の目的を達成したと思っている。
それにしても1994年と言えば、私はまだ55歳の頃である。高齢者支援に熱意をもって当たるには、それなりの体力と希望があったと思う。今、昔の取組みを振り返るのであるが、高齢者支援を掲げつつも、いつの間にか支援されつつある今になっているのである。今年の6月1日をもって日本基督教団に隠退届を提出しているので、今は教団の年金受給者になっている。いわば全国の教団の皆さんから支援されていると言うことである。支援されているのであるが、神の庭・サンフォーレの支援は続けている。しかも、今年の6月からは支援の組織「支える会」協力委員会の委員長に選ばれてしまった。もう一働きする思いで引き受けたのであった。




礼拝を担当する。入居者の皆さんは礼拝を心待ちにしている。
窓のステンドグラスは設立時に大塚平安教会員の佐竹順子さんが寄贈された。



10月18日の礼拝は約20名の皆さんと共に礼拝をささげた。この礼拝を入居者の皆さんは喜んでおられる。入居前は教会で皆さんと共に教会生活をされていたのである。「最近、○○さんは礼拝に来られなくなりましたね」と言うとしたら、訪問するなり、神の庭・サンフォーレにお出でいただきたいと思っている。いわば教会を隠退した皆さんであり、現役時代はあれほど奉仕され、活動していたのである。自分と重なるような思いで礼拝を共にささげ、礼拝後のお交わりをしたのであった。「去る者は日々に疎し」との言葉をしみじみと思いつつ。