鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

スペイン滞在記 <51>

 

スペイン滞在記(2011年4月4日〜5月18日) <51>
2011年5月10日「スペインで72歳の誕生会」
 


今日は私の72歳の誕生日である。スペインでこの日を迎えるとは、まさにお恵みであると思う。導きのままに70歳になったら大塚平安教会を退任すること、予定通りであった。2010年3月に退任したが、5月には71歳である。そのときは横浜本牧教会代務者を担っていた。そして10月から無任所教師になり、4月から5月にかけてスペイン・バルセロナに渡ったのである。今晩は誕生会を催す。こちらでは誕生日を迎える人がお料理を作るそうであるので、そのつもりでいた。焼きそばを作るつもりでいた。そのためには往復1時間歩いて中華食材店に材料を買いに行かなければならない。実はブルゴス、マドリッドへの旅中、右足の付根が痛くて歩くのに不自由をしていたのである。旅中は家族には言わなかったが、昨日バルセロナの駅に着いたときに言ったので、私の焼きそば作りは不要になった。もっぱらスミさんがお料理を作ることになった。実はお客さんがある。4月20日に羊子がお世話になっている神父さんとお友だちが私たち家族を晩餐会に招待してくれた。ところが私はウィルス性の風邪で寝込んでしまい、私は失礼したのである。そしたら神父さんから連絡があり、ぜひ私を招きたいと言うのである。それも10日という日である。10日は誕生会なので、むしろこちらに来ていただきたいとお願いしたところ、皆さんがおいでくださることになったのである。RMさんを含めた家族だけの誕生会のつもりが、お客さんを交えての誕生会になった。そのため、旅の疲れがあるのだが、スミさんは朝からお料理を作っていた。申し訳ないと思う。股関節脱臼ではないかと皆は言う。しかし、今日一日静かにしていたら、痛み止め薬を飲んだりしたこともあり、楽になってきた。
 


お客さんと共に誕生会




午後9時にお客さんたちがやってきた。ホセ・ルイス神父、アルベルトさん、二人の女性カルミナさんとインマさんの4人である。神父さんはサンタ・コロマ市にあるカルチャーセンターを担当しており、他の三人はセンターの役員であるという。いつも羊子にコンサートを依頼している。二年に一度、重要な式典を行い、あわせてコンサートを開くのであるが、今までも羊子に依頼し、今年の11月にも羊子が演奏することになっている。皆さんは羊子をとても大切にしてくれていることが分かる。スミさんのお料理はオムレツ、骨付き肉の煮込み、五目御飯、古代米のご飯等で、皆さんは珍しがって、喜んで食べていた。乾杯にあたり、私の挨拶が求められ、羊子がお世話になっていることの感謝、72歳の誕生日をバルセロナの皆さんにお祝いされたことを感謝したのである。楽しく歓談しながら食事を終える。終えると電灯が消され、ローソクを灯したケーキの入場である。ケーキの上にはチョコレートで72の数字が立てられ、その上にローソクが2本立てられている。ローソクを息で消すと皆さんの拍手をいただいた。今度はカバで乾杯である。家族とRMさんのお祝いのカード、そしてネクタイを贈られる。ネクタイはその場で締める。RMさんからマグカップをいただく。サクラダ・ファミリアの絵が描かれている。スミさんにも下さり、ガウディの彫刻に関わるものであった。帰るときに、自分達用に買って帰るつもりでいたので、これは何よりの贈り物である。神父さんからも贈り物をいただく。ポルトガルの記念の硬貨である。神父さんは硬貨を趣味としており、記念の物を集めているという。ありがたいプレゼントである。他の皆さんからはワインや手作りのコロッケ等をいただいている。
 



スミさんの手料理・オムレツ


スミさんの手料理



いただいたスペインのコロッケ


歓談しながら神父さんに、マドリッド政府によるプロテスタント迫害状況をお話しし、バルセロナの状況を尋ねる。神父さんは、少なくともバルセロナ政府においては、そのようなことは無いと言われた。同じキリスト教なのであり、カトリックプロテスタントが共に教会を持ちつつ歩むのが当然といわれるのであった。スペインは17州による国である。州政府の取り組みはそれぞれであり、マドリッドのようなプロテスタントには不利な条例を作ることもありうるのである。迫害というには言葉が強いが、不利な状況であるので、やはり迫害であろう。
 お客さんたちは12時過ぎに帰っていった。楽しい、思わぬお客さんを迎えての誕生会であった。この日は忘れられない日になるであろう。