鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

スペイン滞在記 <14>

スペイン滞在記(2011年4月4日〜5月18日) <14>
2011年4月13日「誕生日」
 

今日は曇天で、朝から肌寒い。セーターを着るほどである。バルセロナに来て以来、毎日晴天が続いていた。だから昨日の買い物でポロシャツや半ズボンを買ったのである。晴天が続いたが、しかし朝夕はかなり涼しくなる。こちらの気候は湿度がないので、暑いと言っても蒸し暑さはない。からっとした暑さである。この暑い日ざしの中で、わざわざ日光浴をしている人たちがいる。サグラダ・ファミリアは目の前であるが、公園を挟んでいる。その公園に芝生が植えられており、その芝生には男女のグループが寝そべっては暑い日差しを浴びているのである。こんなに暑いのにと思うのだが。こちらでは帽子をかぶる人は多くはないと思う。かぶっている人もいるが日本ほどではない。日本では、寒い時期であったのかも知れないが、帽子をかぶっている人が多かったと思う。また、マスクをしている人はほとんどいない。花粉症はなくはないそうであるが、日本のように鼻水、目が痒いという症状はない。本当にマスクをしている人は全く見かけないのである。気候のことを記しているついでに、服装のことも記せば、いろいろな服装を見る。寒いと思う日でも、ノースリーブ、短パンで歩いている人を見かける。寒くはないのだろうかと思う。北欧系の人たちは、寒い地方であり、こちらの気候は暑く感じるのであるそうだ。まだ4月であり、長袖または上着を羽織っている人たちはバルセロナの人たちだと言う。気候は日本と大差ないようである。まだ雨の経験はない。
 

サクラダ・ファミリア「受難の門」側


今日は4月13日、実は私どもの三番目の子供、百合子の誕生日である。日本にいてお祝いできないこと、残念である。我が家では誕生日を迎える家族の誕生会をしている。今回初めて誕生会ができないのである。それで、スカイプを通して祝辞を述べることにした。スカイプはパソコンを通して電話ができるのである。相手もこちらもパソコン画面に映るのである。こちらの正午は日本の夕刻7時である。私、スミさん、羊子、星子が代わる代わるお祝いの言葉を述べた。百合子は大塚平安教会に近い海老名市柏ヶ谷に住み、整体の仕事をしている。我々の不在中は、時々六浦の家に行き、家の管理をしたり郵便物をポストから出したりしてくれている。飼っているリスは百合子の家に連れて行っている。
 

闘牛場。今はあまり開催しないので貸し会場になることも。


午後6時頃、星子と散歩に出かけた。海辺まで40分も歩けば行かれるというので、そちらの方面に歩いた。途中、闘牛場の横を通った。バルセロナでは、今は闘牛をあまりしてないと言うことである。動物愛護の人たちの強力な反対があり、あまり開催しない。もう一つある闘牛場は閉鎖され、今はショッピングセンターになっている。他の地域、マドリッド等は行っているようである。闘牛場は開催しないときはサーカスやショーが行われるとか。しばらく歩くと公園があり、その中にサッカーのコートがある。そこで小学生と思われる子供達がサッカーをしていた。外国はサッカーが盛んである。野球をしている風景は見かけない。30分も歩いたが、海はまだのようである。それで、そろそろ引き返すことにした。別の通りから帰ってきたのである。もし、迷子になったらサグラダ・ファミリアを目印にすればよいと言われているが、通りを歩いていると、周囲はみんな7、8階建ての建物である。目印は見えないのである。しかし、バルセロナの通りは碁盤の目のようになっているので、まっすぐ歩けばよいのである。やがてサグラダ・ファミリアの高い塔と工事のクレーンが見えてきた。ちゃんと迷子にならずに帰ることができた。
 

建物の谷間を歩くので、遠くが見えない


サクラダ・ファミリアの近くで露天商が店を出している。今度の日曜日が棕櫚の主日なので、棕櫚の枝を売っているのである。長い棕櫚の枝は男の子用、短いのは女の子用、棕櫚の葉っぱは大人用であり、日曜日に教会にもって行くというのである。それらをどのようにするのかは、実際に経験してから書くことにする。お菓子を売ったり、綿菓子を売ったり、棕櫚の主日はお祭り騒ぎのようである。考えて見れば、キリストが人間の罪を救われたことは喜びであり、お祝いするのは当然である。お祭り騒ぎになっても不自然ではないのである。日本のキリスト教は、克己の生活が奨励され、十字架による救いの喜びが隠れてしまっているのではないか。棕櫚の主日は、群衆が歓呼してキリストを迎えたのである。お祝いであると示された。



棕櫚の日のために露天商が並ぶ。棕櫚の枝と共にお菓子や楽しいものを売っている