鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

同窓会( 一人の存在を喜び )

 
 今日の春分の日はドレーパー記念幼稚園の同窓会が開かれました。本来、車で綾瀬まで行くのですが、今回はガソリン事情もあり、電車で連れ合いのスミさんと共に出かけました。今日は朝から雨降りで、一日中降るということですが、さて同窓生はどのくらい集まるのかなと思いつつ家を出たのでした。幼稚園を卒業すると三回の同窓会が開かれます。第一回は小学校1年生になった子供たちが、1学期を終え、7月の「海の日」に開催されます。元気に巣立って行った子ども達は、再び元気に幼稚園に帰ってきます。元気いっぱいです。お友達の小学校における生活を先生に聞かれ、好きな勉強等をお話します。続いてお母さん達のご挨拶をいただくのですが、子ども達は久しぶりに会ったお友達と話が弾み、お母さん達のお話が聞こえないくらい元気です。小学校では、こんなに自由に話しているのかな、と思うくらいです。やはり久しぶりの再会がうれしいのでしょう。第二回目の同窓会は小学校を卒業するときに開かれます。第三回目は中学校を卒業するときに開かれます。本日の同窓会は午前が二回目、午後が三回目の同窓会になります。
 まず大塚平安教会にて礼拝をささげます。「さんびか」も「主の祈り」も覚えているもので、大きな声でお祈りしていました。いつもは園長であり牧師の私が礼拝を担当していましたが、昨年の3月に退任していますので、その任は大塚平安教会に昨年10月から赴任した菊池丈博牧師が礼拝を担当されました。礼拝が終わると幼稚園のホールに移動し、再開を喜び、消息を尋ね合うのでした。小学校の卒業生はそれぞれ中学に進み、部活への思いが強いようです。中学に入ったら○○の部活に入ると抱負を述べるのでした。やはりこの年齢になると、そんなに私語もなく、それぞれのお話を聞くものです。午前の小学校卒業の同窓会が終わると、午後からは中学卒業生の同窓会です。この年齢になると、誰であるか分からない子供もいます。しかし、昔の面影を残して成長している子供も多く、懐かしい再会です。両方の同窓会には保護者の皆さんも参加します。多くのお母さんは、ほとんど変わらない姿で、よく思い出される方々でした。むしろお母さん達がこの同窓会を喜び、待ちわびていたということです。お子さんが出席できないのですが、お母さんだけ出席されている場合もありました。お母さん達もお互いの再会を喜ばれ、またお友達に会うことを喜んでおられたようです。幼稚園を卒業して6年、9年を経ていますので、転居された皆さんもおり、埼玉や川崎、鎌倉からも来られました。
 同窓会は以上の三回までです。しかし、さらに続けたいと、ある年代の中学卒業生たちが、高校生になって開催したようです。何人かは集まったようですが、その後は続きませんでした。同窓会ではありませんが、後援会が発行する「ドレーパーだより」は、聖書のメッセージ、幼稚園の様子、卒業生の動向等を掲載していますので、同窓会に代わるものだと思っています。
 同窓会を開きたくなるのは還暦を迎える頃ではないでしょうか。それまでは社会的にも家庭にあっても、なかなか昔を懐かしむ時間が無く、現実を生きるのが精いっぱいなのです。先日、連れ合いのスミさんが、新潟県十日町高校同級生同窓会に出席して来ました。新潟でありますが、各地に存在していますので、東京での開催となりました。カメラを持っていったのはスミさんくらいで、写した写真を皆さんに送りましたら、皆さんお喜びでした。私の場合も還暦になってから小学校卒業同級生の同窓会の案内をいただきましたが、一度も出席していません。日曜日の開催が多いのです。高校卒業の同窓会の案内があったとき、一度だけ出席しました。65歳頃かと思います。昔の思い出よりも互いの健康状態の話題に集中したかと思います。
 ドレーパー記念幼稚園同窓会の場合、土台がイエス様の教えであり、「地の塩・世の光」として、力強い歩みを証しすることであるのです。祝福の歩みを喜びたいのです。
<聖書の言葉>
もし、迷い出た羊を見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹を喜ぶだろう。これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。
(マタイによる福音書18章13節、14節)