鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

愛車考( 聖なる山へと向かいつつ )

 
 節分は昨日でした。立春の前日を節分と称していますが、春の節分はにぎやかに行われます。立夏立秋立冬の前日の節分は穏やかに過ぎて行きます。春の節分は、豆まきがあったりしてにぎやかになるのでしょう。昨日は散歩の途中で、コンビニの店先で声を大にして恵方巻の売り込みをしており、衝動買いではないのですが買って帰り、夕食の時、連れ合いのスミさんといろいろと評論を加えながら味わいました。
 さて、今日は綾瀬に行きました。修理を依頼していた乗用車を取りに行くためです。先日、連れ合いのスミさんとスーパーに買い物に行きました。駐車場に入れるとき、ちょっと狭いなあと思いつつバックで入りました。後ろばかり気にしていたものですから、フロント右タイヤ付近を柱にぶつけてしまいました。それでお世話になっている自動車修理屋さんに、一週間前にお願いしていたのでした。普通、フロント左をぶつけるものなのに、右をぶつけるなんて珍しいというのです。対物でも柱とか壁にぶつける程度で、車との接触が無いだけでも良い方です。自宅から綾瀬まで1時間もあるのに、相変わらず綾瀬にある車の修理屋さんにお願いするのは、30年もお世話になっているからでした。私も結構車に傷をつけたり、へこませていますが、子ども達が私の車に乗っては傷つけるものですから、その度に修理屋さんで治してもらっていたのです。「お父さん、またぶつけちゃった」と回数を多く言ったのはスペインにいる羊子さんでしょうか。もうそろそろ車の運転を止める年でもありますが、連れ合いのスミさんが腰の具合が良くないので、病院にしても買い物にしても運転しなければならないので、もう少し続けることになるでしょう。修理中は代車として小型の車でしたが、小回りが良く、今後は小型の車にしようかとも思ったのでした。今の車は、もう古いのですが日産・グロリア2500CCですので、大きく感じるようになりました。
 それほど大きな事故はないように記していますが、実は今だから記すのですが、エアバックを作動させるほどの事故を起こしています。綾瀬にいる頃は、車上荒らしを何回も受け、それ以来、夜になると車を幼稚園の庭に入れておりました。幼稚園は絵画教室、スポーツクラブ等に会場を貸しているので、結構遅くまで人が出入りしているのです。従って、夜の8時過ぎに入れていたのでした。ある日、夕食を済ませてから、9時過ぎであったと思いますが、例によって車を幼稚園の庭に入れたのです。幼稚園は道路から坂を上がるのですが、その時、坂を上がるのでアクセルを強く踏むでのですが、車は急激に走り出して、あっという間に砂場の柱にぶつかってしまいました。その時、エアバックが開いていたのです。砂場の柱はかなり曲ってしまいました。すぐに自動車修理屋さんに来てもらい、車を移動してもらいました。修理屋さんが言うには、フロントガラスにひびが入っているので、私がフロントガラスにぶつかったはずだというのです。おでこを触ってみると、確かに痛いようですが、それ以上ではありませんでした。明日は幼稚園の運動会なのです。修理屋さんは二人来ましたので、動かなくなった車を手で押しながら、道路に面している駐車場に移動してくれました。そして、すっぽりとカバーをかけて、事故を起こしたことを隠してくれたのです。しかし、隠せないのは砂場の柱です。曲ったままで明日の運動会に臨むわけです。翌日、出勤した教職員は、曲っている柱を見て驚いていましたが、私が車をぶつけてしまったことを軽く言ったものですから、それ以上問われませんでした。しかし、それだけではすみません。子ども達、保護者の皆さんは、曲った柱を見るにつけ、どうしたんですかと聞きますが、口を濁しておきました。
 車は人間と同じで、治し治し乗っていると愛着がわきます。すぐに新車に乗り換える心境にはなれないのです。もう少し、よろしくね、と車に言ったものです。
<聖書の言葉>
彼らはあなたたちのすべての兄弟を主への献げ物として、馬、車、駕籠、らば、らくだに載せ、あらゆる国民の間からわたしの聖なる山エルサレムに連れてくる、と主は言われる。
イザヤ書66章20節)