鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

朝打昼耕夕読 ( お恵みに生きる )

 
 昨日はアメリカのサンクスギビングデイ、収穫感謝祭でした。日本における11月23日の「勤労感謝の日」とは全く違います。日本の教会が毎年11月の第三、または第四日曜日を収穫感謝日としているのはアメリカのサンクスギビングデイに合わせています。新大陸を求め、新しい生活を求めてアメリカに渡った人々が、大地を開墾して畑を作り、汗と血の結晶である収穫を得たとき、これは我々の力で得たものであるとしないで、神様のお恵みであるとしました。そして、それぞれ収穫物、穀物や野菜、果物等を持ちより感謝の礼拝をささげたのです。以来、11月の第4木曜日を収穫感謝祭としたのでした。日本の教会は前週の21日の日曜日に収穫感謝礼拝をささげています。
 我が家では収穫の感謝を含めながら収穫の後片づけをしました。園芸をするのが趣味である連れ合いのスミさんは、痛い腰をさすりながらでも、一日に何回かは庭いじりをしています。ハヤトウリの蔓を二階のベランダまでひもを吊って這わせていました。リビングの日陰になり、夏の間は良かったと思います。スミさんは毎日蔓にぶら下がっているハヤトウリを収穫するのが楽しみで、ぶら下がっているウリを見つけに出るのです。しかし、今年は暑さもあり、収穫はあまりないようでした。他の野菜も葉をバッタやカマキリに食べられてしまい、憤慨しているのです。そのハヤトウリの収穫も終わりになりましたので、片づけをしたのです。庭には支柱で棚を作っていたものですから、それを外し、つるした紐をたぐることは結構大変な作業でした。こうして庭仕事をさせられていると、父の姿が甦ってきました。
 我が家の周りは小高い里山ですが、父はその中腹に畑を作り、農作業をしていました。野菜は一通り作っていたと思います。小麦も収穫していました。そのため野菜は買わないでも収穫で賄っていたようです。時々、友達を連れて来ては父の畑に行き、トマトをもいで食べたりしました。友達も取れたてのものを食べるので、おいしいと言いつつ食べていました。畑のわきには長いもがあるので、専用の道具で長いもを掘るのです。5、6本掘るにはかなりの時間を要します。長いもを家に持ち帰ると、母が「今日はとろろ汁にするね」と言い、私に長いもの擦りこぎを命じます。大きなすり鉢に掘ってきた長いもを入れ、擦りこぎで細かく砕きます。練り状になったところで、具だくさんの熱い味噌汁を入れながらかき回すのです。これはとてもおいしく食べました。今でも麦飯屋さんでも出すと思います。つい先日も、星子が自然薯を買ってきて、おろしがねですっていましたので、昔食べたやり方を教えました。その日の夜は懐かしいとろろ汁を賞味したのでした。その里山のいたるところに住宅が建つようになりました。
 久しぶりに庭仕事をして、私自身も腰が痛くなりました。あまり力仕事をしないからでしょう。これからは私も園芸をしようかと思いますが、やたらに地面をいじると誰かさんに叱られるので、あまり手を出すわけにはいきません。私が庭仕事をするのは、言われた通りのことをするということです。園芸のことでは、なんたってスミさんは専門家でもあるのです。
 「朝打昼耕夕読」とは晴耕雨読ならぬ私の生活スタイルになりつつあるということです。「朝打」とは毎日午前中はパソコンに向かっているということです。ブログ、説教、その他のことで午前中はパソコンのキーを打ち続けています。「昼耕」とは、午後になってスミさんの庭仕事の手伝いをするか、私なりに片づけなりをすることです。大工仕事も楽しみです。そして、今は4時過ぎには、この辺は谷間でもあり、陽がかげるのが早いので仕事を切り上げます。そして、「夕読」になります。夕食は8時頃にしていますので、それまでの3時間は読書の時としているのです。今まではいろいろな職務に追われて、ゆっくりと本に向かうことができませんでしたが、読みたい本がたくさんありますので、楽しみの時間になりました。
 神様のお導きとお恵みをいただく日々、「朝打昼耕夕読」を感謝しています。
<聖書の言葉>
神の恵みによって今日の私があるのです。そして、私に与えられた神の恵みは無駄にならず、
(コリントの信徒への手紙<一>15章10節)