鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

幼稚園応援隊( 主がしつけ諭されるように )

 
 昨日の大塚平安教会における牧師就任式祝会が終わった時、幼稚園の「おやじ組」の二人の方が、「ある物」をもってこられました。ドレーパー記念幼稚園の園長退任記念として、大きな欅の木にアスレチックを設けましたが、その名を「のぶらはむのいえ」と命名されました。子供たちはこのアスレチックで楽しく遊ぶようになりました。ところで、そのアスレチックに命名された名前を掲げる作業をしてくれたのが「おやじ組」の皆さんなのです。長い木の板に名前が彫られていました。アスレチックに掲げて記念としてくださること、まことにありがたく存じます。「ある物」とその「のぶらはむのいえ」と木に彫られたネームプレートでありました。アスレチックに取り付けられた光景を思い浮かべながら過ごすことに致しましょう。もう、用事もないので、幼稚園を訪ねることはあまりないでしょう。
 ところで、「おやじ組」の活動をうれしく思っています。結成されるのは、そんなに昔ではありません。世の中でもお父さんたちの小学校や幼稚園における活動が紹介されるようになっていました。ドレーパー記念幼稚園におきましても、お父さんたちが何かと幼稚園に協力してくれるようになりました。園庭の草むしり、ペンキ塗り、扇風機やエアコンの掃除、ガラス磨き等、土曜日や日曜日に奉仕してくれるのです。その集いを「おやじ組」と命名したのでした。「おやじ組」は子ども達が喜ぶイベントも開いていました。バーベキューの集いでは、ハンバーグまでも焼いて、子ども達、また家族にサーヴィスしています。バザーは、今まではお母さん達の働きでしたが、今ではお父さんたちの働きがあり、バザーを盛り上げていると言えるでしょう。お父さん、お母さんが子ども達と共に幼稚園生活を喜んでおられるのです。
 かなり以前のことですが、お母さんの集いはいろいろとあるのですが、お父さんの集いがないことから、幼稚園の主催で「父の会」を開催しました。その頃、園児が120名は居ましたが、その日集まったのは5、6名のお父さんでした。短い礼拝をおこない、その後懇談しました。それぞれ家庭のお子さんと、幼稚園児としてのお子さんについて懇談したのでした。「お父さんの集い」を開催することになったのは、友人の園長がそのような集いを開いているということを聞いたからです。その幼稚園では、ビールなどの飲み物、いろいろなつまみものを用意しての集いでありましたので、随分と盛り上がっているようでした。しかし、当園の開催では、懇談のみにとどめたのです。宴会は他の場でも開かれるでしょうから。そのお父さんの集いに出席した一人のお父さんが、開会礼拝で園長のお話しを感銘深く聞かれ、次の日曜日には夫婦揃って教会の礼拝に出席されたのです。そして、しばらく出席されていましたが、ついに洗礼を受けられ、教会員として歩まれるようになったのであります。
 幼稚園の最初の頃は「母の会」との名称でした。その後、お父さんもご協力くださっているので「父母の会」と名前を改めました。さらにその後、「けやきの会」と称するようになりました。保護者の集いをこのような名称にしたことは賢明でありました。今の時代、家庭のさまざまな問題、課題があり、父や母の名を用いることの問題性も指摘されるようになっているのです。入園願書も父母ではなく、保護者名となっています。日本基督教団関係でも、一つの本が発行された時、そこに「両親」なる言葉があり、問題提起が行われていました。両親のいない子ども達、父や母のどちらかがいない子供たちを示されるからです。「おやじ組」の活動を喜んでいますが、また名称を否定するのではありませんが、見直しても良いのではないでしょうか。例えば「幼稚園応援隊」とか「保護者有志の会」というような名前はどうでしょうか。今後も続けられるでしょう「おやじ組」の活動を感謝しています。保護者の皆さんが、子供たちと共に幼稚園生活を喜んでいただきたいのです。
<聖書の言葉>
父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。
(エフェソの信徒への手紙6章4節)