鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

天の父の御心…(もう一つのお別れ会 )

幼稚園は今週17日に卒業式を挙行いたします。そして19日が在園生の終業式です。三学期が終わろうとしています。2006年度が終わるということです。幼稚園の歩みも、終わりの歩みとなっています。今日は「お別れ会」が開かれました。お別れは卒業するお友達ですが、ひよこ組のお友達も花組になると二つのクラスに分かれるので、お友達同士のお別れでもあります。礼拝をささげ、その後は各クラスが記念の出し物をして喜び合いました。卒業する子ども達の保護者が参観しました。在園生の保護者は19日の終業式で、再び締めくくりとしての出し物を演ずるので、そこで参観していただくことになっています。
お別れ会の後はお別れ会食でした。全員が一緒に食事をいたします。全員の会食は6月の創立記念日、11月の収穫感謝祭、そしてお別れ会の三回おこないます。当園は給食を実施してないので、会食のときは同じものをいただくということで、とても喜びとなるのでした。年長、年中、年少が一緒になって食事をする意義は大きいでしょう。
共にお弁当を食べることでは「まぜごはん」をしております。混ぜたご飯をいただくのではありません。一クラスを四つに分け、それぞれのクラスから来たお友達と共に教室でお弁当を食べるのです。年長、年中、年少が共に食事をするとき、祝福の語らいが導かれるのです。
6月の会食はカレーライスであり、11月の会食は豚汁になっています。年長の子ども達が近くのスーパーに買い物に行き、それぞれ決められた野菜等を買います。今度は幼稚園で皮をむいたり刻んだりします。下ごしらえは教職員がいたしますが、年長のお友達が作ったことになります。3月のお別れ会はお弁当を外注します。もう年長組の作業は無いのです。年長組さんは何かとお仕事をしてきましたが、今までありがとうございました。
今日のお別れ会はもう一つのお別れがありました。子ども達のお別れ会ばかりを心に留めていますが、この三月で退任する教職員のお別れもありました。4名の教職員が退任しますが、その一人、平田繁子教諭が退任することになっています。20年間、主任としてお働き下さったこと、心から感謝しています。私が園長に就任したのは28年前です。そのときは前任の主任がおられ、何かと指導を受けながら園長職を担ってきました。ドレーパー記念幼稚園に就任する前は、約一年間の園長の経験がありました。就任した教会と幼稚園は、園長は教会の信徒が担当しましたので、設置者としての職務はありましたが、教会だけの職務でした。大塚平安教会に就任する前の一年間、同じ地区内の教会を兼任することになり、幼稚園があったので園長にも就任したのでした。ドレーパー記念幼稚園に就任したものの、園長としての経験が浅く、前任の主任さんには随分とお世話になりました。前任の主任さんが退任されることになったとき、後任の主任をどなたにするか、実はすでに決めていたのでした。かねがね幼稚園の教諭として勤務する意向を平田繁子さんから伺っていたので、後任の主任として決めていたのでした。
それから20年間、主任として勤めていただき、感謝しています。彼女を後任の主任としたのは、もちろんクリスチャンであること、そして両親が牧師であり、母上も幼児教育に携わっていたので、その姿を見ながら平田さん自身が保育者になったこと等であるからです。教会幼稚園の主任としてふさわしいと判断したのでした。
私は教会、幼稚園の職務を持ちながら、他の職務を持つようになりました。そのため幼稚園を留守にすることがありました。しかし、留守にしても、しっかりと幼稚園を支えてくれる主任がいることで、安心していました。私の安心の分だけ主任はご苦労が多かったと思います。その意味でも20年間の主任の働きは、私自身の生き方の支えであったとも言えるのです。幼稚園にとっても私自身にとっても、今日まで主任としてお働き下さったことに心からお礼を申し上げます。平田繁子さんはまだまだ保育者としての力を豊富にもっています。今の社会において、その力が祝福のうちに発揮されることを願っている次第です。
聖書の言葉
「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」(マタイによる福音書18章14節)