鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

主に強くされ…(渡辺魁さんの足跡 )

クリスマスになると、必ず思い出すのは沖縄に転居された渡辺魁さんであります。今年も渡辺さんを思いつつアドベントの日々を歩んでいるとき、渡辺魁さん・富子さん夫妻からお便りと共にクリスマス献金が送られてきました。沖縄でお元気にお過ごしとのことでありました。
アドベントに入ると教会の玄関前にある檜の木にイルミネーションをつけます。この仕事を担当するのが渡辺魁さんでした。かなり高くなった檜に登るのは危険でもありますが、するすると登り、枝の各所に線を張ります。イルミネーションそのものもご自分で工夫され、楽しい夜の風景を作られるのでした。一昨年の5月に転居されたので、昨年と今年は渡辺さんに変わって青年や壮年の皆さんが飾りました。しかし、木の上まで線を張るのは危険でもあり、今年は木の腰の部分に張るくらいで済ましています。
クリスマスと渡辺さんを思うとき、礼拝堂窓のステンドグラスがあります。ステンドグラスは私が赴任してまもなく作られましたので、もう25年以上も昔に作られました。当時の青年の皆さんが、厚紙とセロファンでクリスマスの絵や模様をステンドグラスとして作りました。それを窓ガラスに張っていたのです。何年か繰り返し張っていると、随分と傷んできます。また作り直さなければなりません。渡辺さんが提案して、窓にあわせて木枠を作り、その木枠にステンドグラスを固定するのです。こうして作られた32枚のステンドグラスを毎年飾っているのです。木枠に固定されているので傷むこともなく、いつまでも楽しいクリスマス物語を鑑賞することができるのでした。クリスマスが終わると、ステンドグラスは講壇の床下に収納していました。そしたらネズミにかじられているものが見つかり、これは大変というわけで、渡辺さんがステンドグラスを収納するステンレス製の箱を作りました。これでネズミにかじられる被害がなくなりました。
渡辺魁さんをクリスマスになると思い出すと記しましたが、クリスマスばかりでなく、むしろ一年中示されているのです。11月の第一日曜日は召天者記念礼拝ですが、今は天におられる皆さんの写真を飾ります。写真を飾るために、木を組み合わせてその場限りの写真立てを作っていました。年々、写真が増えてきました。その場限りの写真立てでは間に合わなくなってきたのです。このことも渡辺さんが提案し、鉄製の写真立てを作ってくれたのです。二基の写真立てを作り、二つの間に橋を掛けるようにすれば伸縮自在となり、写真が増えても大丈夫というわけです。しかし、この写真立てもそろそろ間に合わなくなっています。私の写真は飾られないのではないかと思うのです。
教会のいろいろな箇所に渡辺さんの影があります。大小いろいろな修理箇所があります。教会・牧師館の玄関前はフェンスで囲ってありますが、牧師館は高台になっており、下から風が吹き上がってきます。そのフェンスに波板を張ってくれたのが渡辺さんでした。教会の玄関前はゆるい坂道になっていますが、手摺を付けてくれたのも渡辺さんでした。幼稚園においてもいろいろと尽力されています。本当に渡辺魁さんが残されたものを記すとしたら枚挙にいとまがありません。
何よりも信仰者・渡辺魁さんと思っています。フェリス女学院の用務員としてお働きになる前は、鉄鋼関係の仕事をしていました。出張が多く、全国でお仕事をされていました。年末になると必ず牧師を尋ねます。そして、危険な仕事にも関わらず、一年間無事に終えることができた感謝の祈祷をささげられるのです。フェリスでお仕事をされるようになってからは、毎週水曜日の祈祷会に出席されていました。牧師の奨励の後に順次皆さんがお祈りしますが、いつも最初にお祈りするのが渡辺さんで、一人で何もかもお祈りしてしまうのです。長いお祈りでしたが、そのお祈りに励まされていた牧師であります。
聖書の言葉
「わたしを強くしてくださった、わたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして努めに就かせてくださったからです。」
(テモテへの手紙<一>1章12節)