鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

多くの人々の援助者(教会婦人会の力)

大塚平安教会の婦人会は毎年、秋の親睦旅行をしています。その旅行が本日行なわれました。今年は信州富士見高原へと行きました。バスをチャーターして、23名が参加しました。とても楽しかったということでした。大塚平安教会の婦人会の皆さんばかりではなく、他の教会の皆さんも数名加わっていました。今回は日帰り旅行でしたが、一泊で出かけることもありました。残念ながら牧師は連れて行ってもらえません。そういう言い方は良くないので、牧師は多忙のため不参加でした。28年前に大塚平安教会に赴任した頃も婦人会の旅行がありました。その頃は牧師も一緒に行ったのです。何故ならば、教会の旅行ですから、観光を楽しみながらも聖書の学びもしたのです。礼拝や聖書の学びのためにも、牧師が同道していたのでした。そのような趣旨で清里旅行、伊豆旅行に参加しています。しかし、いつの頃からか、牧師が行かなくても良いことになったのです。だんだんと牧師が多忙になって来たためかもしれません。
教会には各部の集いがあります。婦人会もその一つです。壮年会や青年会等の交わりがあります。大きくはこれらの交わりになっていますが、必ずしもこれらの交わりに入らない人たちもいます。昔は青年達、20代の若者が結構いましたので、青年会活動も盛んでした。その後、それらの青年達が実年の時代になると、いつまでも青年会というわけにはいきません。もう、30歳、40歳になっているので青年会ではないので、では婦人会や壮年会に入るのかといえば、必ずしも入らないのです。教会によっては年齢層の交わりをしているところもあります。20代の集い、30代の集い、40代の集い、50歳以上の集いとしての交わりを持ちます。若夫人の集いなるものを作っても、いつまでも若夫人ではないので、すぐに限界が来てしまいます。大塚平安教会も「カナの会」や「ハンナの会」なるものを作りましたが、すぐに限りが来て立ち消えになりました。壮年会は、高齢者がいると実年の人たちが壮年会に入りにくいというので、65歳以上は「ヨナの会」としました。しかし、それでも壮年会には入らないでいる後期青年達がいるのです。とにかく、いろいろな取り組みをしますが、それは交わりの世界であり、必ずしも交わりの会に入らなくても良いとは思っています。中心は礼拝をささげる人生であり、祈りを合わせる歩みであります。それが基礎となっての交わりでなければならないのです。
教会は女性が多く出席しています。昔からの姿です。そのために、婦人会が比較的に早くから発足し、どこの教会も婦人会があるので、全国的な組織になっていきました。日本基督教団には自主活動団体として全国教会婦人会連合中央委員会があります。教会婦人としての取り組み、連帯のためにも良い働きをしていると思います。所見を述べるならば、婦人会連合の取り組みを各教会の婦人会に下ろすということではなく、基本は各教会の婦人会があって、全国の婦人会連合であるべきだと思っています。小規模の教会は数人の婦人会です。その教会の婦人会としての歩みがあるのです。
教会はまさに婦人に支えられているのです。どこの教会も三分の二は女性です。それなのに、役員になるのは男性が多く、また教区総会議員も男性が多いのです。いろいろなところで、そのような現象の問題提起がありますが、まだしばらくはこのような現象は続くでしょう。
大塚平安教会の婦人会は、毎月の例会を通して交わりを深めていますが、毎月第一水曜日に聖書を読む集いを開催しています。牧師とともに聖書を読み、学んでいるのです。6月には婦人伝道集会を開催し、いろいろな講師を通して信仰の励ましを頂いています。家庭集会も各地で開かれています。そして、12月には婦人会、家庭集会が合同でクリスマスの集いを開いています。その他、月に一度、お仕事会を行い、交わりながらバザーの準備等をするのでした。このように婦人会の歩みを示されると、本当にいろいろな分野で交わりが導かれていると思います。婦人会の活動がある限り、教会は永遠に祝福を受けるでしょう。
聖書の言葉
「ケンクレアイの教会の奉仕者でもある、わたしたちの姉妹フェベを紹介します。彼女は多くの人々の援助者、特にわたしの援助者です。」(ローマの信徒への手紙16章1節)