鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

あなたを見た、とイエス様が…(出会いをあたえられる)

幼稚園を会場にして絵画教室が開かれています。毎週木曜日と金曜日の午後です。夏休みになり、今日も開かれていましたが、8月中の二週間はお休みとなります。夕刻、教室を覗いて見ました。大体が幼稚園の卒業生でありますが、それでも幼稚園とは関係のない生徒も結構来ています。見覚えのある子がいたので、しげしげと見つめ、反対側を覗くとその子のお母さんがいました。そのお母さんに、今見た子どもの方に顔を向けながら「あおいちゃんでしょ?」と言いました。お母さんは園長が自分の子どもの名前を覚えていたというのでびっくりしていました。もう6,年生になっているということです。「来年の3月は同窓会ですね」というと、「子どもが来なくても、親だけでも絶対に来ます」と言われるのでした。保護者にとって園長がお子さんの名前を覚えていることは驚きであると共に、ひとつの感動でもあるのです。多くの子ども達を送り出している園長が、一人一人の名前を覚えているはずはないと思っているのです。まして、随分と年取った園長でもあるのですから。以前、喫茶店で一人のお母さんからご挨拶を頂きました。私の方ではそのお母さんに気がつかなかったのですが、お母さんがご自分の名を言われたので、「あ〜、だいすけ君の」と言いましたら、「息子の名前を覚えていてくださっているんですか」と驚かれました。このように記すと、幼稚園の卒業生全員の名前を覚えているみたいです。とんでもありません。覚えているどころか、顔を見てもなかなか思い出せないのが現実です。一人のお母さんと道端でお会いしましたが、顔は確かによく存じ上げているのですが、お名前が思い出せません。お母さんの方からいろいろお話くださり、相づちを打つのですが、どうしても思い出せないのです。結局、最後まで思い出せませんでした。きっと、お母さんも、園長は私の名前を思い出していないと思ったことでしょう。また、電車に乗って、一人の女性に会釈されて、私も会釈したのですが、その方がどなたか思い出せないのです。後日、家族で卒業生の家がお寿司屋さんなので出かけました。すると、電車の中でお会いした女性がいるではありませんか。「園長先生と電車でお会いしましたけど、私のことお分かりにならなかったみたいですね」と言われてしまいました。
自分のことなんか、覚えてくれてはいない、との思いは、若い頃に随分ともっていました。引っ込み思案の子どもであったようです。今でも、そう思わないでもないのですが…。中学校は私立に進みました。私立高校の付属でもあったので、そのまま高校へ進むこともできたのですが、県立の高校に進みました。その中学の頃、私は書道がだめで、先生から「君は下手だね」とあからさまに言われ、書道に対しては全く興味がなかったのです。県立の高校に進み、今まで以上に電車に乗っての通学です。駅を降りて、学校への道は、同じ学校の生徒がぞろぞろと歩いていました。すると、反対側から見覚えのある人が歩いてきます。中学の頃の書道の先生でありました。こんなに生徒が歩いているし、自分のことなんか知らないだろうと思っていました。先生が近くに来たとき、私の顔を見て相好をくずされたようです。私は、はっととして帽子を取りお辞儀していました。先生はそのまま歩いていってしまいました。同じ時間の電車に乗ればその先生に会う、だから別の電車に乗るとは思いませんでした。いつもの時間の電車に乗り、いつものように先生に会い、いつものように帽子を取ってお辞儀をする。先生は前よりもいっそう相好を崩されているように思えました。
私が書道に興味を示し始めたのはその頃からなのです。しかし、高校では書道の時間はありません。だからといって書道塾に通うわけでもなかったのですが、筆を手にするようになったのです。我流ではありますが、何かと筆で書くようになりました。私に「下手だ」と言われた先生との出会いがあったからでしょう。その出会いとは、ただ先生が私を覚えてくれていたということなのです。
聖書の言葉
「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た。」(ヨハネによる福音書1章48節)