鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

今週の聖書の言葉  ペンテコステ祝会

ペンテコステ祝会
6月4日は聖霊降臨祭です。聖霊、神様の力の霊が与えられた日です。教会は祝会を開き、聖霊の賜物を喜びました。礼拝後に祝会を開き、三人の教会員の証しを聞き、励まされました。聖霊はいつも私たちに注がれています。自分の思いを超えて聖霊の導きに委ねたいと願っています。


祝会の様子。クリスマスやイースターの祝会は、いつもは幼稚園のホールで行いますが、ペンテコステのお祝いは教会で行っています。


ペンテコステにより教会ができたのです。教会ができたお祝いでもありますので、祝会は礼拝堂で行うのでした。毎月第一日曜日は「シオンの集い」グループが「そば・うどん」を作ってくれます。礼拝が終わると、いただきながら歓談しお交わりを深めています。ペンテコステはちょうど第一日曜日になりましたので、いつものように「そば・うどん」をいただきながらお祝いしたのでした。


今週の聖書の言葉(2006年6月4日〜)
聖霊の力
ペンテコステ聖霊降臨祭となりました。今年は6月4日です。お弟子さんたちはもはや目に見える姿でイエス様を見ることはできません。天に昇られるとき、いつも心を合わせて祈っているように教えられていました。イースターから50日目、その日はお祭りで外は賑わっていました。しかし、お弟子さん達は家の中にいました。そのときです。激しい風が吹いてくるような音が聞こえたのです。さらに炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまったと言われます。聖霊が下った出来事です。このことを考えて見ましょう。まず、風が激しく吹いたと言うのは、神さまの霊が与えられたと言うことなのです。創世記に人間創造が記されています。神様は土、粘土で人の形を作りました。まだ人間ではありません。その粘土の人の形の鼻に神さまの息を吹きいれたのです。すると人間は生きた者となったと記しています。この「息」は霊とも訳され、風とも訳されます。つまり、お弟子さん達に風が激しく吹いたと言うのは神さまの息が与えられ、霊が与えられたのです。彼らが力を受けたことは言うまでもありません。それから、舌が一人一人の上にとどまったと言います。舌すなわち「べろ」です。べろは味わうところでありますが、言葉を作るところでもあります。つまり「べろ」がとどまったと言うのは神様の言葉がとどまったと言うことなのです。神様のお心が与えられたと言うことでしょう。力が与えられ、神様のお心が与えられたのです。彼らは立ち上がりました。お祭りで大勢の人々がいる町の中に出て行き、大胆にイエス・キリストの教えを伝えたのです。聖霊は力です。その聖霊が私たちにも与えられているのです。聖霊の力があなたを力強くしてくれるのです。聖霊の力に委ねて明日への一歩を踏み出しましょう。

聖書の言葉
「武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって」と万軍の主は言われる。
(ゼカリヤ書4章6節)