鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<368>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<368>
2015年8月25日「何事も御心ならば」


聖書の言葉
弟子たちはひそかにイエスのところに来て、「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」
(マタイによる福音書17章19-20節)


2010年3月末で大塚平安教会牧師、ドレーパー記念幼稚園園長を退任する。3月28日が最終礼拝であり、午後は送別会を開いてくださる。スペイン在住の娘の羊子は、12月のクリスマスは最後でもあり、わざわざ一時帰国して奏楽を担当する。そして、最終礼拝にも一時帰国して奏楽を担当したのであった。羊子が奏楽であるが、献金の時は百合子が、最後の頌栄は星子が奏楽を担当する。何も言われていなかったので、子供たちが代わる代わる奏楽を担当したので、驚くやら、感銘を覚えるやらであった。そして、礼拝後は園庭で記念写真を写し、幼稚園ホールで送別会が開かれたのである。
こうして大塚平安教会を終わりとしたのであるが、翌日の29日には引っ越しとなる。既にある程度の物は12月の末に運んでいる。この日に連れ合いのスミさんが腰を痛めるのである。教会と幼稚園の間に、結構私物を置いている。それらを脚立に乗って片付けていたのである。ところが足を踏み外して落ちてしまうのである。コンクリートに腰を打ち、それ以来腰の痛みが治まらないのである。今になってもリハビリを続けている。翌日の30日は日本基督教団の役員会であり、引っ越しで忙しくても出かけなければならない。そして、4月1日は横浜本牧教会付属早苗幼稚園に行き、教職員の皆さんと打ち合わせをすることになる。もう新しい職務が始まっているのであり、引っ越しの片づけどころではない。その早苗幼稚園では月、水、木曜日に執務することになる。園長として毎日執務しなければならないのであるが、前任のいくつかの職務を引きずっているので、週三日の執務となる。金曜日は施設の礼拝のため綾瀬に赴くのであった。綾瀬ホームは木曜日にさがみ野ホームは金曜日に礼拝を行っていたが、金曜日に統一してもらい、それぞれの礼拝を担当する。今までの大塚平安教会時代は教会と幼稚園は同じ場所であり、自宅・教会・幼稚園は行ったり来たりして過ごしていた。しかし、今度はそういうわけにはいかず、お弁当をもっていくのである。最初は園長室において一人で食べていたが、事務の職員さんが一緒にどうぞと言うので、職員室で主任さんと職員さんと一緒に食べるようになったのである。
30年間、教会と幼稚園の職務を担ってきて、引き続き別の教会と幼稚園の職務を担うことになったが、異なる組織であり、つい今までのような思いで取り組もうとするのであるが、それは改めなければならないのである。横浜本牧教会も早苗幼稚園もそれぞれ歩んできた歴史があり、取り組み方も異なるのである。一つの反省でもある。二つの幼稚園を比較する必要もなく、それぞれの取り組みを尊重している。ドレーパー記念幼稚園時代、祝福のお祈りをしてきている。それは誕生会であり、11月の祝福式であり、そして卒業式となるが、子供たちに牧師・園長が祝福のお祈りをする。子供たちは祝福を受けるために、手を組んでお祈りしながら祝福を受けるのである。ところが新しい幼稚園では祝福を受けることに慣れていないようであった。誕生会で一人一人に祝福のお祈りをするが、祝福をいただく姿勢がない。今まで一人一人に祝福を与えるということはなかったようである。それならそれで祝福のお祈りをするべきではないのであるが、既に4月の誕生会でお祈りを始めているので、9月まで続けたのであった。それは間違いであったように思えている。
教会にしても礼拝、祈祷会、諸集会の取り組みは基本的には同じであるが、取り組み方が異なる。それらを受け止めながら、次第に新しい教会の歩みに慣れて行かなければならないのである。横浜本牧教会では忘れられないことがある。聖餐式である。配餐の担当者が戻ってきたとき、御盆にはパン一つしかなかった。そこで、奏楽者に配餐してあることを担当者に確認し、残るは司式者と担当者二人、計三人である。パンは一つしかない。一体、どうなるんだろうと見ていましたと青年の教会員が言われる。お盆の中に一つしか残っていないパンを見て、皆さんが心配したようである。その時、司式者は一つの小さいパンを三つに分けたのである。さらに小さくなったパンをかざしながら、主の聖餐を宣言し、与ったのであった。その後の杯は残るほどあり、三つに分ける必要もなくなる。この取り組みが皆さんの信頼へと導かれたようである。どこの教会でも、その場で必要な取り組みが導かれるということである。



横浜本牧教会の佇まい。住宅街の中にある。



横浜本牧教会付属早苗幼稚園の礼拝。



楽しく遊ぶ早苗幼稚園の子供たち。



横浜本牧教会の礼拝。