鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<359>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<359>
2015年8月4日「セレモニーに臨みながら(その二)」


聖書の言葉
三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。
ヨハネによる福音書2章1-3節)


前回は東北の教会におけるセレモニーについて記している。しかし、セレモニーとの言い方は間違いであり、正しくは洗礼式である。洗礼式はキリスト教の信者になることであり、東北の町では困難なことである。昔ながらの生き方が根付いているからである。そういう中で教会に出席し、洗礼を受けるということは困難なことなのである。それでも6年半で8名も洗礼を受けられたので、神様の大きなお導きだと示されている。キリスト教のセレモニーは聖餐式もその一つである。洗礼式、聖餐式プロテスタント教会の聖礼典と言い、教会の歩みの中心なのである。洗礼を受けるとキリスト教の信者となり、教会を支えながら歩むのであるが、信者を導くのは聖餐式なのである。主イエス・キリストが十字架に架けられる前、弟子たちと最後の晩餐を行う。その時、パンを弟子たちに配りながら、今後は私の体と信じて食べなさいと示す。その後、ぶどう酒を弟子たちに与えながら、今後は私の血としての飲みなさいと示したのである。それがキリスト教の儀式となり、パンとぶどう酒をいただいては信仰が導かれるのである。聖餐式は毎月、第一日曜日に執行していた。その場合、聖餐式は洗礼を受けた者が与るのである。だから聖餐式の時には、「洗礼を受けた人のみ」と注意書きをしていた。
地方の教会は、前記したように、なかなか洗礼を受けられない事情がある。それで、なかには洗礼を受けていなくても聖餐を与える教会もある。牧師によっては、むしろ積極的に未信者にも聖餐を与える人がいたのである。そのことが次第に問題化されるようになる。私が日本基督教団の書記をしていた頃、未信者に聖餐を与えている牧師に注意するも改めないので、戒規にかけられ、日本基督教団の牧師を退任させられる牧師まで出てきたのである。東北の教会で牧師を務めている頃は、その聖餐問題は起きていなかったが、週報には、聖餐式にあたり、必ず「洗礼を受けた人のみ」と書いていたのである。それは私が就任する前からのことであった。そのため、一人の婦人は、聖餐に与るために洗礼を受けたと証される方がおられた。教会の中心的な方となり、柱として信仰生活をされていたのである。
いわゆる世に言う教会のセレモニーは洗礼と聖餐であるが、結婚式や葬式も触れて置かなければならない。洗礼を受ける者は少ないが、教会で結婚式を挙げる例も少ないのである。それでも6年半の間に五組の結婚式、一組の婚約式を行っている。五組の結婚式は、二組は隣の田尻教会を式場にしており、三組は陸前古川教会である。教会の青年が牧場に努めていることについては前のブログに記している。その牧場で働く青年の二組の結婚式を、田尻教会をお借りして挙行したのである。その牧場と田尻教会が近かったからである。三組を陸前古川教会で挙行したが、そのうちの一組は連れ合いのスミさんの友達であり、結婚式のために東京からやって来たのである。その時の花嫁さんの妹が、後に洗礼を受ける上原さんであった。残る二組のうち、一組は教会員の青年同士であり、仲人も教会役員である。そしてもう一組は、教会員ではない農村青年であった。彼も彼女も一人っ子であり、彼女の両親はこの結婚を反対する。本来なら娘に婿を迎えたいのである。まさか一人っ子の彼を婿に迎えることができないのである。彼らは田尻町に住んでいるので、田尻教会の牧師も彼らのことは良く知っているのである。その為、田尻教会の牧師に相談しても反対されるのは必定である。それで陸前古川教会の牧師に相談したのである。この牧師は了承してくれて、式を挙げることになる。その結婚式の日、始まる前に数名の農村青年が牧師のもとに来る。農村家庭の事情が良く分るので、この結婚式は中止にしてくださいということであった。礼拝堂でうつむいて悲しんでいる二人に、「さあ、結婚式を始めましょう」と声をかける。
結婚した二人は、反対していた彼女の両親に一生懸命に尽くしたようである。行き来するようになるのである。大塚平安教会在任当時、その彼らからお米を送ってもらい、教会の皆さんに買っていただいていた。結婚した皆さんが、その後祝福のうちに歩んでいると思う。婚約式については、台湾から来られたお医者さんであり、陸前古川教会の客員になっていたご夫婦のご子息である。もはや成人して別居していた。婚約式を東北の教会で行い、その後はアメリカに渡ったと聞いている。いろいろなセレモニーに臨みながら6年半過ごすのであるが、もう一つ報告しておかなければならない。それは葬儀であるが、それは次回にする。



陸前古川教会における結婚式



教会に集う中高生たち。この中で二人が洗礼を受ける。



付属の古川幼稚園は先生が送迎をしていた。



古川に在住している頃であるが、横浜市金沢区の実家に来た時。