鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記 <7>

 

  隠退牧師の徒然記(2011年6月1日〜)<7>
   2011年10月14日「満足を遠ざける」 


聖書の言葉
見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるようにそそのかしていた。(創世記3章6節)



 久しぶりに三女の百合子そして友達と共に江の島を訪ねた。6月23日のことである。確か二十歳頃に友達数人と遊びに行ったことがある。いわゆる展望台辺りまで行ったのは、それ以来のことであり、あまりの変貌に驚かされた。今は近代式のエスカレーターが江の島山の上まで運んでくれる。山上はきれいに整備されていた。江の島は藤沢市の中にあり、藤沢市が友好都市になっている中国の建物、韓国保寧市と姉妹都市になっているので韓国の花畑、姉妹都市マイアミビーチ市の広場、姉妹都市カナダのウィンザー市ばら園等、楽しみがたくさんある。中心は江の島シーキャンドルという展望台である。相模湾を一望し、かなり遠くまで見ることができる。
 


江の島の町並。お土産屋さん、食事処等賑わっている。



エスカレーター乗り場。「エスカー」と称する。



展望台。「シーキャンドル」との名称。
ここからの相模湾は絶景である。


一通り見学して下山しようとすると、広場で大道芸人が演じていた。丸い筒を交互に重ねて、その上に乗る技はかなり危険のようであった。取り巻いて見ている人達もはらはらしながら見ているようである。終わりになって、命を張って芸をしているのですから、お気持ちをお願いしますということであった。みんな散っていくのかと思ったら、結構お金を箱に入れていた。私も1000円ばかり入れておいた。本当に命がけの芸当なのである。世の中にはいろいろな見世物があると思った。バルセロナで過ごすうちにも、サグラダ・ファミリアの近くで大道芸人が演じていたが、一緒に居る犬が可愛くてお金を入れている人も結構いた。芸をする大道芸人と、芸をしないで何かの形に扮して、じっとたたずんでいる芸人も居た。
 下に降りて、食事時であったので食べ物屋さんを探す。出来ればスペインのようにカフェーテラスのような場で食べたかった。雰囲気は全く違うが、店の外で食べる場所があったので、スペインを思い出しながらいただいたのであった。
 観光以外では二つの思い出がよみがえる。一つは、大塚平安教会時代、1979年に赴任しているが、それから数年後に、この江の島にある婦人会館で修養会を開催したことである。公共の施設で比較的安く利用することができた。その時は修養会だけで、観光はしなかったと思う。
それから、もう一度、この婦人会館に足を運ぶことになる。現在、秦野に「神の庭・サンフォーレ」があるが、キリスト者の老人ホームである。1994年の頃、神奈川教区として高齢者と共に歩む課題が与えられ、いわゆるキリスト教老人ホームを建設しようとしたのである。神奈川教区総会に議案に上げて審議したが、議論は並行するのみで、議決することは困難であると判断した。そのため、議案を取り下げ有志の取組としたのである。議案は、「キリスト教精神に基づいた高齢者住宅を建設し、高齢者の生活支援を行う。この目的を達成するため、株式会社サンフォーレと提携し、計画を進める」との内容であった。議論が並行したのは、教会が企業と提携することの疑義であった。有志の取組みとしてサンフォーレと提携しつつ担うことにしたのである。この計画を進める中で、当時の社会委員会が計画の説明を求めたので、私と共にこの計画を担っている馬場芳春さんが社会員会に赴いたのである。その社会委員会は江の島の婦人会館で開催していたので、その時、この江の島に来たというわけである。1994年から取り組んだキリスト者の老人ホームは、神奈川教区の取組みとしては実現できなかったが、有志の取組みとして実現しており、計画は実現したと思っている。その「神の庭・サンフォーレ」支える会の委員長に2011年6月より就任した。支える取組みを深めたいと思っている。
 江の島を訪れて昔のことまで思い出したのであるが、今日までの歩みにおいて、創世記3章に示される原罪がいつも示されている。自分を中心にするから、神様の戒めである「木から実を取って食べるな」を忘れてしまうのである。毎日の生活の中で、楽しいこと、辛いこと等、数々経験しながらの歩みであるが、戒めの原点を忘れまい。




日本の昔の赤いポスト。今でも置いているところがある。
ポストが趣味になったりして。