鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

バレンタインデー( ここに愛がありますと )

 
 今日はバレンタインデーです。昨年までは、この日になると、いろいろな方からチョコレートをいただき、食べるのに大変でした。幼稚園児がそっとやってきて、「エンチョウセンセイ、ハイ」と言って、小さなチョコレート1個を差し出してくれるのです。何人かの子供がひそかに園長室にやって来るのでした。幼稚園の先生達は、一人で園長に渡すのは問題があると思うのか、合同で贈ってくれるのでした。しかし、今だからこそ言うのですが、何人かの先生が、こっそりと包装したチョコレートを贈ってくれました。教会では、バレンタインデーに近い前の日曜日に何人かの方がプレゼントしてくれました。ほとんどがご高齢の方達でした。その日に教会まで届けに来るのは大変だからです。夕方になると、知り合いの方が夕闇にまぎれて持って来られたことも忘れられません。毎年、15件くらいの贈り物があったのかな。
 そんなにチョコレートをもらって、みんな食べるのかと言うことですが、せっかくいただいたのですから、少しは食べますが、そんなには食べられません。我が家の子供たちが手伝ってくれるというわけでした。たくさんあるので、棚に置いた包を忘れてしまい、随分と日数を経て気が付き、遅ればせながらいただいたこともありました。今年は、皆さんとはお会いしてないので、くださる方はないでしょう。と思っていましたら、一人の方が郵送してくださいました。さすがにこの方だけでしたが、それだけにしみじみといただいたのでした。その方のチョコレートを食べながら、またコーヒーを飲みながら、今日はこのブログを記しているのです。
 バレタインデーが近くなると綾瀬ホームやさがみ野ホームの利用者の皆さんに、バレンタインさんについて礼拝でお話していました。ネットで紹介されているバレンタイン物語と私がお話する内容は全く異なっているのです。ネットによれば、ローマ帝国時代に兵士の結婚が禁止されました。それは兵士が結婚すると、愛する者を思うので士気が下がるという理由からでした。しかし、キリスト教の司教であったバレンタインは、愛し合う兵士と娘を密かに結婚させてあげたのです。そのため捕らえられ処刑されたのですが、その日が2月14日であったということです。男女の愛を結びつけてくれた人として、その後人々の心に残り、この日は聖バレンタインによって愛が結ばれる日とされたのです。それで、この日には贈り物をするようになり、チョコレートに集約していったようです。
 そのような伝説がありますが、私がお話するバレンタインさんは異なります。バレンタインさんは修道院に入り、神様の御心を示されながら生活するようになります。他の修道士たちは、何かの特技があり、その特技により人々に神様の御心を示していました。歌が上手であれば、讃美歌を人々に聞かせては、神様の御心を示していたのです。絵の上手な人は、絵を描きながら御心を示したのでした。そのような中で、バレンタインさんは特技がありませんでした。歌うことも絵を描くことも得てではありません。しかし、何かを通して神様の御心を人々に示したいと思っていました。そのようなとき、以前手紙を送った人からお礼を言われました。バレンタインさんからいただいた手紙が、励みになり、力になって元気に生活するようになったということです。バレンタインさんは、自分が送った手紙が励ましになったのであれば、自分ができることとして、皆さんに手紙を書くことにしたのでした。その手紙は、神様がどんなにか愛してくださっているかという内容なのです。私達はみんな神様に愛されているので、だから私たちも愛し合いましょうという内容なのです。後にバレンタインさんが亡くなった時、愛の教えを与てくれた人として2月14日を覚えるようになったのでした。だから、私たちも自分にできることでお友達に喜んでもらいましょう、とお話しているのです。
 チョコレートを喜びながらも、御言葉に生きたバレンタインさんを示されましょう。
<聖書の言葉>
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。
ヨハネの手紙<一>4章10節)