鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<357>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<357>
2015年7月29日「出会いが与えられ」


聖書の言葉
今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、あなたの家の戸口の柱にも書き記しなさい。(申命記6章6-9節)


今は書斎ではなく、別の場所であるが、なぜか「こけし」人形が随分と並べられている。大塚平安教会時代は書斎の一角にこけし人形が置かれていた。それも一つや二つではなく、少なくとも20 以上は置かれているのである。宮城の陸前古川教会から大塚平安教会に赴任した頃は、それこそ二つ三つの「こけし」を書斎においていた。それがいつの間にか多くなり、退任する頃は30にも近い数字の「こけし」が並んでいたのである。引っ越しの時、それらの「こけし」は、ひとまず段ボールにしまっておく。しかし、引っ越しても段ボールの中にしまったままであった。置く場所がないからである。2011年1月になって、これらの「こけし」を出してあげることにする。場所はといえば、階段の上の部分の空間に棚を作ったのである。今はそこに並べられている「こけし」を、いつも見つめながら過ごしているのである。全国教会幼稚園連絡会の委員を担うようになり、毎年どこかの場所で園長会や主任会が開催され、職務上参加することになる。その度に「こけし」を買い求めてくるようになったのである。「こけし」なるものに特別な愛着を持っているわけではない。しかし、陸前古川教会の在任中に、「こけし」を通しての出会いが与えられたことが、その存在を気にかけているのである。
一つの出会いは、陸前古川教会の壮年会で「こけし」が贈られたことである。教会員に中学の先生であり、画家である方の家で集会が開かれた。その方の書斎にはたくさんの「こけし」が飾られていた。そして、記念に牧師先生にさし上げたいと言われ、「こけし」の底に皆さんのサインをしてくださったのである。だから、大塚平安教会に就任した頃は、その贈られた「こけし」と、他にいくつかの「こけし」くらいであった。いつも「こけし」が飾られていると、旅先でも「こけし」を見つめるようになり、いつの間にか多くなっていったのである。
こけし」とのもう一つの出会いは、童謡詩人であった高橋萬三郎さんとの出会いがあったからである。高橋萬三郎さんは隣の鳴子教会付設保育園の園長である。お連れ合いの高橋トキ先生が牧師であった。陸前古川教会に赴任して間もなく高橋萬三郎さんを知ることになる。赴任して一週間もしないうちに、日本基督教団出版局が発行する「信徒の友」の取材があった。その時、田尻教会の小久保達之介牧師、涌谷教会の新井克己牧師との対談をさせられる。そこで話題になったのが高橋萬三郎さんの事であった。後日、信徒の友に取材されたことが掲載されていたが、グラビアには高橋萬三郎さんの写真が大きく掲載されていた。その写真との出会いが初めてなのであるが、間もなくご本人とも出会う。毎年、6月頃に仙北地区の連合礼拝が開催されており、そこで初めてお会いしたのである。その後、高橋萬三郎さんの童謡を読むようになり、大変感銘を与えられるのである。特に、「こけし」を思いつつ歌う童謡は心に深く示されたのであった。その後、クリスチャン新聞が「あかし文学」を募集する。高橋萬三郎さんの信仰の人生こそ、信仰の証しであるとして、萬三郎さんを煩わせながら取材し、「鳴子こけしの歌」(盲目の童謡詩人・高橋萬三郎の歩いた道)と題して「あかし文学」に応募したのである。残念ながら「選外佳作」であった。1978年7月に、高橋萬三郎さんが童謡集「小鳥と草笛」を発行し、その出版記念会に「鳴子こけしの歌」を小冊子として発行し、皆さんに配布したのであった。教会関係の皆さんにさし上げたので、増刷までしている。その冊子も、今では手元には一冊しかなく、大事に取り扱っている。
大塚平安教会に赴任し、その後、園長会が宮城県作並温泉で開催されたことがある。その時、久しぶりに陸前古川教会に寄ったり、鳴子にも出かけている。高橋萬三郎さんは1980年に召天されているので、鳴子教会には寄らず、こけし会館によることになる。するとそのこけし会館の陳列棚に、「鳴子こけしの歌」が並べられているのである。その陳列棚はこけしに関する資料が陳列されていたのであるが、何を間違えたのか、私の著作が並べられていたのである。その翌年も宮城で研修会があったので、わざわざ鳴子のこけし会館に行ったものである。その時はまだ陳列されていたが、その翌年には陳列はなかったと思う。
こけし」人形を特別な趣味にしているのではなく、以上のように、いくつかの出会いが与えられているということである。「これは鳴子こけしの歌である。じっと立ってほほえんで、信仰に生きる貴さと、力強さと喜びを、こよなく知った『萬三郎こけし』の歌である」と「鳴子こけしの歌」は結んでいる。



階段の上に棚を作り、ようやく日の目を見た「こけし」たち。



壮年会の皆さんから「こけし」を贈られる。



高橋萬三郎さんと高橋トキ牧師。
萬三郎さんの童謡集「小鳥と草笛」出版記念会のとき。
「鳴子こけしの歌」を小冊子にして皆さんに配布。



発行した「鳴子こけしの歌」。



子供たちも次第に成長している。
時々、栗駒山公園に遊びに行く。