鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

天に在る人々・笠倉さん( 天に達する階段を )

 
 昨日の2月14日はバレンタインデーであり、思い出と共にバレンタインさんについて記しました。この2月14日はバレンタインデーでありますが、実はこの日に召天された方がお二人おられ、むしろその方々に思いが寄せられるのであります。
 お一人の方は笠倉祐一郎さんです。笠倉さんは2005年2月14日、77歳で召天されました。ご子息の正道さんが21歳で天に召されましたが、ご子息と共に横浜市大病院の病室で受洗されました。ご子息は腫瘍により、入院しており、退院したら教会で洗礼を受ける希望を持っていたのです。しかし、病状は進むばかりであり退院は考えられなかったのです。それで、笠倉さんはご子息を説得されるのです。お父さんも一緒に洗礼を受けるから、この病室で洗礼を受けようと勧めたのでした。洗礼式が執行されました。それから一ヵ月後に天に召されたのでした。ご子息の故に洗礼を受けたのですが、その後は教会生活を忠実に守りつつ歩まれていました。役員にも選ばれ、会計の職務を担ったりされました。ご子息の正道さんはドレーパー記念幼稚園の卒業生であったことから、会社定年後は幼稚園の送迎バスを運転してくれました。
笠倉さんが証を残されていますので掲載しておきましょう。この証は、「信仰の得を証する」という主題で1998年10月9日に教会で行われた修養会で、お話されたものです。

証「神との出会い15年」 笠倉祐一郎
光陰矢の如しと申しますが息子正道が召天してから、早や15年の歳月が過ぎ去りました。
正道が教会に牧師を訪れたことから始まり、その後発病し、横浜市大病院で亡くなるまで1年半の間、牧師先生の励ましを受け精神的に全く動揺を見せず召天したことについては、イエス・キリストなる主と牧師先生に深く感謝する次第です。
今年度の修養会を迎えるに当たり、牧師先生から、召天15年の区切りに信仰の得について証をと話がございました。教会に全く無縁でありました私共が、毎週礼拝に出席するようになりましたのは、正道を通して神がお招きくださったのだと深く感謝しております。
神との出会いによる信仰の得について考えますとき、神が私共に何を与えてくださったのだろうと思います。それは神と出会い、信仰15年の月日の流れすべてが私共に与えてくださった賜物だと思います。流れ過ぎてゆく月日の一日一日を、神を信じ神の恵みを受け良き友との交わり、教会の行事に参加し心の平安を与えてくださった日々は、正に信仰の得だと思います。
また15年の歩みの中で定年退職という人生の節目がありましたが、幸いにも大型免許が役に立ち幼稚園送迎バスの職を与えられました。子供の居ない私共に多くの幼子と共に日々過ごすことが出来ますのも、神の導きによる大きな信仰の得と考え感謝しております。
私共に残された人生も、もう幾許もない年齢となりました。既に親を亡くし子も逝き、親しかった近親、友人等の顔々が頻りと夢の中に浮かぶ此の頃です。
讃美歌320番、「うつし世をば はなれて 天かける日 きたらば いよよちかく みもとにゆき 主のみかおを あおぎみん」 
この美しい歌詞のとおり、いつか神に召されて空たかく、天かける日までどうぞ主よ、貴方の栄光が私達の上にかぎりなくありますことを、心から祈ります。

 今年で笠倉祐一郎さんの召天6周年になります。その後、お連れ合いには車椅子の生活ですが、お一人で力強く、お元気に過ごされています。お連れ合いにありましてもご子息・正道さんの信仰を受け継いでいいるのです。神様のお導きを示されているのです。
<聖書の言葉>
ヤコブは夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。
(創世記28章12節)