鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<415>

隠退牧師の徒然記(2016年3月1日〜)<415>
2016年7月14日「いろいろと手直しをしながら…」



聖書の言葉
捕囚の生き残りで、この州に残っている人々は、大きな不幸の中にあって、恥辱を受けています。エルサレムの城壁は打ち破られ、城門は焼け落ちたままです。
(ネヘミヤ記1章3節)



我が家は新築後10年になる。そのため、建築会社から検査に訪れた。7月12日のことである。私達としては、これといった不具合はないと思っていたので、検査なんか必要がないと思っていた。検査員はいろいろと家の周り、また室内等を見て回る。やはり特に不具合はないということであった。しかし、いずれは塗装が必要であるということであった。年数が経てば、外壁も劣化してきて、雨水等がしみこんでいくということである。建築の構造上、縁の下のシロアリについては心配ないが、少しの隙間でもシロアリが進入するという。指摘されたことは、庭の通り道である。地面を歩くのは、草だらけになるし。角材で作られた歩道が売られていたので、それを利用している。雑草もはえないし、ちょうど良い通り道である。しかし、角材でもあり、地面に接していて湿気があり、シロアリ発生の元凶にもなるということであった。もう一つ指摘されたのは、庭に置いてある木株である。直径約50センチ、高さ約25センチもの大きさである。これもシロアリ発生の元凶になるとか。いずれは処分しなければならないようだ。処分するといっても、細かく裁断することもできない。そうすると廃品回収屋さんに持って行ってもらわなければならない。1000円くらい、または500円くらい払うのかもしれない。この木株は50円で購入したのである…。
かねがね鉈を使う台が欲しかった。庭木の枝を鉈で細かくするからである。それまでは適当な台を用いていたが、偶然にこの木株を見つけたのであった。三崎教会の礼拝説教に招かれ、その帰り道に購入したのである。三崎の道路には沿道に八百屋さん等があり、結構楽しめる道路である。途中、古道具屋さんがあることも知っていた。たまたまその日に、店先に木株が数個おいてあったのである。それを横目で見ながら通り過ぎたのであるが、少し行ってから車を停める。連れ合いのスミさんに木株が置いてあったことを話すと、購入することを勧めてくれたのである。それで車をバックさせたのであるが、店の前には停められない。店から車まで10メートルくらいはあったと思うが、その木株を抱えるようにして車まで運んだのである。礼拝の帰りであり、スーツを着ているのである。スーツの汚れなんか気にしないで、喜び勇んで運んだのであった。その木株は庭木の枝の処理にも使ったが、大工仕事の台にもなり、本当に良いものを求めたと思う。しかし、連れ合いのスミさんは、最近は苦情を言うようになる。何しろ木株の下にはダンゴムシやいろいろな虫が生息することになっていたからである。それで木株を半立てかけにして、地面に接する面積を小さくしているのである。シロアリ発生の元凶と言われ、どのように保管し、処分しようかと思案しているところである。
早いもので、この家も新築後10年になる。もっとも新築後10年であっても、住み始めたのは2010年4月からであり、4年間は空き家だったのである。もはや大塚平安教会の退任を見据えていたので、少しずつ荷物は運んでいた。だから引っ越しの時には、そんなに荷物が多くなかったともいえる。新築の家は、やはり設備が整っているので住み心地は良い。しかし、以前の家も懐かしく思いだしている。何しろ古い家なので、いくらでも手直しができたのである。我が家の子供たちも昔の家での生活は経験しているので、やはり懐かしい思いを持っている。新しい家でもメンテナンスが必要であり、何事も備えが必要であることを示されながら、自分の体の管理の事にも思いを及ぼしている。歯のメンテナンスは月に一度はしているのであるが…。



庭に敷いている角材の道。



50円で購入した木株。もう随分と古くなっている。



楽しい庭仕事。木株は購入したばかりの頃。



今はいろいろな蔓を這わせて日蔭を作っている。