鈴木伸治の徒然記

永年の牧師、園長を隠退し、思い出と共に現況を綴ります

隠退牧師の徒然記<400>

隠退牧師の徒然記(2015年2月11日〜)<400>
2016年2月24日「慰めの動物達」



聖書の言葉
わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのものと契約を立てる。契約を立てるなら、二度と洪水によって滅ぼされることはない。
(創世記9章9-11節)



2月22日は猫の日だとか、テレビで紹介していた。2、2で「ニャンニャン」だからであるという。猫と言えば、最近は猫好きの人が多いという。猫専門の店では、あらゆる猫グッツが売られている。猫カフェーもあるとか。店に入ると至るところに猫が徘徊している。人間に慣れているので、抱かれるままにしている。猫好きの人にはたまらない。最近でもないが、テレビでは動物に関する番組が喜ばれているようだ。ペットは人間を癒してくれるからである。散歩をしていると犬を連れて歩いている人を多く見かける。だいたいは小型犬であるが、中には大型犬を4頭も連れて歩いているお姉さんがいる。丁度散歩の時間に出あうのであるが、大型犬たちはおとなしくお姉さんに連れられて歩いている。
猫については小学校低学年の頃から我が家に住み着いていた。いつの間にか野良猫が物置に子供を産んでしまったのだ。結局、そのままにしておいたが、誰ともなく猫に食べものをあげるようになっていた。食べ物をあげるうちにも、いつの間にか家の中に入ってくるようになる。こうなると野良猫ではなく飼い猫になってしまったのである。そして、猫と共に暮らす日々となっていた。だから猫の習性については理解している。23歳で神学校に入り寮生活となる。しかし、時には実家に帰っていた。ある時、住み着いていた猫が具合悪く、寝床にうずくまったままであった。その猫が気になって、学校が休みでもないのに、猫の様子を見に実家に帰ったこともあった。その後、亡くなったということである。その猫が死んで、鈴木家には猫がいなくなったのである。
宮城県の陸前古川教会に赴任して、しばらく生活するうちにも、猫と共なる生活になっていた。子どもたちと共に知り合いの農家を訪ねる。生まれて間もない子猫が可愛くて、子どもたちの要望を聞き入れざるを得なくなる。しばらくは猫と共に生活していたが、宮城県沖の地震の時、大きな揺れに驚いたのか、それ以来、帰って来ないのである。ここで猫との生活は終わりとなるが、今度は犬との生活が始まる。それは神奈川県の大塚平安教会に就任してからである。1979年に大塚平安教会に就任する。1982年になって、いつの間にか大きな犬が教会の玄関先に座り込んでいるのである。子どもたちが食べ物をあげたりしたので、結局飼い犬になってしまう。しかし、その犬は一週間もしてから死んでしまう。フィラリアによる。予防注射もしていなかったようである。子どもたちの悲しみを知って、教会の隣の家のおばさんが、可愛い野良犬がいることを教えてくれたのである。早速子どもたちはその犬を連れてきてしまう。面倒を見ることの約束をして我が家の一員にしたのであった。子どもたちは学校から帰ると散歩に連れて歩く。三人の子供達が同じように散歩に連れ出していた。やがて、子どもたちが中学生、高校生になると、犬の散歩どころではなくなる。部活とやらで帰宅も遅くなる。誰も散歩しなくなるのである。そうなると親がするようになるのである。散歩しているのは、同じようにお父さん達が犬の散歩をしている。みんな子どもたちの要望で飼うことになっているが、子どもたちの成長と共に犬の面倒はお父さん達になるのである。
この野良犬はチェリーと名付けていた。中型犬であり、スピッツの血筋を受けているようでふさふさの毛であった。その後、数年後になるが、子どもの友達が犬を連れて遊びに来る。なんと、その友達は犬を置いて行ってしまうのである。やむなく飼うことにしたのであるが、かなり大きな犬でもあった。ノアと言う名であり、チェリーと共に散歩に連れて歩くことになる。チェリーもノアも15、6年は生きたと思う。先にチェリーが死んでしまうが、その後、ノアも老衰で歩けなくなる。だからその大きな犬を抱いては糞尿の場に連れて行ったりしていた。チェリーにしてもノアにしても長年共に過ごしたので、懐かしい思い出を持っている。今でもノアの犬小屋が庭に置いてある。もうあちこちで破損しているのであるが、修理するつもりで材料は用意してあるのだが。
バルセロナ在住の羊子の家には三匹の犬と二匹の猫がいる。二ヶ月、三ヶ月滞在するうちにも、家族同様の付き合いとなる。犬はミニピンシャで、ルカ、バンビ、キュピと言う名である。それにシャムネコのパトラ、ペルシャネコのカムイとは一緒に生活していたのである。犬達とは散歩で随分と歩き回ったものである。バルセロナでの楽しみは動物達との生活もある。時々、Face Timeで画面を通して羊子と話すのであるが、その都度動物達と会わせてくれる。こちらで名を呼んでも、動物達は分からない。やはり側にいて触れることなのである。もはや動物と共には生活しないが、遥かなる場にいる動物達を喜んでいるのである。



チェリーを飼い始めたころ。1982年頃かな。



今でも庭の隅に置かれているノアの家。



サグラダ・ファミリアの公園で、羊子と犬達。



羊子と共にいる猫達。一緒にあくびなんかして。